第33話 一難去って、また


「なあ胡蝶……お前、いつから魔剣士だったんだ?」


 自力での歩行も困難なほど消耗した伊澄に肩を貸し、他のクラスメイトたちが集まっている広間へと続く通路を進んでいる途中、そう尋ねられた。


 ──絶対に突っ込まれるとは思ったが、なんとも返答し辛い質問を投げてくれる。


 ほぼクラス全員が集まった教室内で魔剣を抜いてしまった以上、もう隠すのは無理筋。

 この急場を切り抜けても、次は魔剣士協会との一悶着が待っているのは明らか。


 別段それ自体に後悔は無い。ああしなければ教室中の人間が離れ牢に呑まれていた。

 が、周囲にも取り調べが行われる可能性を考えると、迂闊なことは教えられない。


 ……特に、虚の剣の横流しがバレるのだけは、なんとしても避けたい。

 俺だけに留まらず、店長代理にまで累が及んでしまう。脱法らしいけど。


 …………。

 いくらかの沈黙と思案を挟んだ末、割と最近、とだけ答えておいた。


「その割には、随分とが達者だったな」


 ふと、横合いから鳴り響くスパーク音。


 虚空に蒼い電光を迸らせ、それを掴み、俺の無銘レギオンと同一規格の片手剣ショートソードを喚び出す伊澄。


 魔剣は大きく七つの系統に分かれており、それぞれで性質の方向性が異なる。

 雷のエフェクトを持つのは『強欲グリード』だった筈。一体どんな悪魔が宿っているのだろう。


身体強化エクストラを使うとパワーがあり過ぎて、振り回される。全然思い通りに動けねぇ」

「要練習」


 瞬く間に金色へと移り変わった瞳で、幾何学模様が描かれた剣身を見下ろす伊澄。


 輪郭こそ全く同じでも、細部の意匠は異なるのか。

 知らなかった。虚の剣の状態だと、表面が白く塗り固められているからな。


 ともあれ、まずは跳ね上がった身体能力に慣れるところから始めた方がいい。


魔剣技アーツ……飛斬スパーダの方も酷いもんだ。斬り裂くどころか、押しのけるのがやっとだった」

「そっちも要練習だな」


 再び雷光が魔剣表面を覆い、伊澄の手元から消える。


 飛斬スパーダは射出のタイミングと、砲身の役目を担う斬撃そのものの鋭さが命だ。

 力任せの我武者羅な一刀に乗せても、大した斬れ味は望めない。


 まあ、差し当たりは生きてここから出ることだけを考えるべきだ。

 身体に慣れるのも技を磨くのも、その後に回したって遅くはないのだから。






 体育館ほどの広さを有する空間の中央付近で集まっていた、五人のクラスメイトたち。

 各自、不安げな面持ちだったが、伊澄が戻ったことで一様に安堵した様子を見せる。


 人望のある纏め役が居てくれて、本当に助かった。

 仮にコイツらがパニックを起こし、八方に逃げ回っていたら、救出は絶望的だった。


「……胡蝶。俺はここで救助を待つべきだと考えてるんだが、どう思う?」

「妥当だな。と言うか同意見だ」


 この広間に繋がる通路は、俺たちが通ってきた一本のみ。

 籠城も迎撃も容易く、ひとまず近辺には天使の気配も無い。


 そして今頃、外は大騒ぎだろう。魔剣士協会への通報も行われた筈。

 クラスメイトたちとの合流という山場も越えた。

 これ以上、無意味に危ない橋を渡ることもない。


 魔剣を握ったまま、床に腰を下ろす。


 あとは助けが来るまで、じっと息を潜めていればいい。

 そう結論付け、静かに目を閉じ、秒数を数え始める。





 …………。

 事態が急変したのは、それから僅か数分後。


 顔色の悪かった喘息持ちの女子生徒が、激しく咳き込み始めた。

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