第32話 もう一人の魔剣士


 何故、と反射的に浮かびかけた疑問の全てを、ひとまず封殺した。


 思いもよらぬ助太刀によって得られた、千金にも値する数秒。

 この瞬間を無為に費やすほど、俺は間抜けじゃない。


「ふうぅぅぅぅ」


 砂漠に水を撒くかの如く剣身に吸い込まれる、権天使プリンシパリティ三体分の光子。

 魔剣を介して充たされて行く、枯渇寸前だった活力。


 回復量は、おおよその体感で八割前後。

 全快とまでは及ばなかったが、大天使アークエンジェルを相手取るには十二分な好調。


「ふッ──」


 身体強化エクストラのリソースを集約させた踏み込みで、瞬時に距離を詰める。


「──シィッ!!」


 背負うように振りかぶった切っ尖を打ち下ろす、逆袈裟二番の太刀筋。

 その一刀は常夜外套を、そして大天使アークエンジェルの無機質な胴を、いとも容易く斬り伏せた。






 目を閉じ、靴の踵で床を叩き、跳ね返る音を聴く。

 近くに天使の気配が無いことを確認した後、ひと息ついた。


「はっ……はっ……なんだ、これ……物凄く、疲れる……!」


 一方、産まれたての小鹿のように足を震わせ、やっとの思いで立っている伊澄。


 ゆっくりと歩み寄り、まずともかく頭を下げた。


「ありがとう。助かった」

「はっ……はっ……はーっはっはっは! なーに、俺にかかれば朝飯──げほっげほ!」


 苦しげに咳き込む伊澄。

 息も絶え絶えの状態で高笑いなどかませば、むせるに決まってるだろうが。


 そう内心で呆れる傍ら、再浮上する疑問。

 伊澄が杖代わりとしている魔剣を指差し、尋ねた。


「ソレは一体どうしたんだ」


 俺の記憶じゃ、伊澄はまだ魔剣士協会からのオファーを保留中だった筈。

 他ならぬ本人がデカい声で喋ってた。


 なんでも医者か弁護士かパイロットか宇宙飛行士か魔剣士かで進路を迷ってるのだと。

 ……高三の秋にもなって将来の夢のスケールが小一と同レベルとは、正直恐れ入る。


 しかも何が凄いって、コイツなら普通にどのルートも行けそうなところだ。

 無駄に多芸多才なんだよな。剣道以外でも色々なジャンルで表彰とかされてるし。


「げほっ……俺たちが引き込まれた、デカい部屋の真ん中に……刺さってた」


 なるほど。虚の剣のすぐ側が初期位置だったワケか。

 この死地で護身の手段を即座に得られるとは、俺以上に悪運強い奴。


 ──が。そうなると、だ。


「融合直後に飛斬スパーダを撃ったのか? 随分無茶なマネしたもんだな」


 資料曰く、魔剣が心身に馴染むまでの期間は、個人差もあるが、およそ一週間前後。

 それまでは負荷が大き過ぎるため、魔剣技アーツの発動は避けた方がいいとも書いてあった。

 

 現に伊澄は飛斬スパーダ一発でグロッキー状態。


 魔剣関連の基本的な知識は、融合に伴って与えられる。

 こうなることくらい、分かってたろうに。


「……気付いたら撃ってたんだよ。こっちでヤバそうな気配を感じたから居ても立っても居られなくて、いざ駆け付けたら誰か襲われてるのが見えて……思わず咄嗟に……」


 馬鹿をやった自覚はあるのか、バツが悪そうに顔を逸らされた。


 まあ、俺の個人的印象に基づいて言わせて貰えば、伊澄クロウって男はこういう奴だ。


 目立ちたがりで承認欲求旺盛。

 しかしそのために嘘をついたり、誰かを貶めたりは決してしない。

 負けず嫌いだが潔く、基本的には根明の善人。

 だからこそ、クラスの連中にも人気がある。


 けれどだったとは、流石に少しばかり予想外。

 他人を助けるために自分が割を食ってちゃ世話無いぞ、まったく。

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