第31話 すばらしき悪運


「はーっ……はーっ……ッげほっげほっ!」


 一気に静まり返った広間の片隅で膝をつき、咳き込みながらも息を整える。


 ……やばかった。二発目の射出があと少し遅かったら、たぶん避けられていた。

 そうなった場合、亡骸を取り込んで回復する暇も無く畳み掛けられ、アウトだった筈。


「ったく……とんだ綱渡りだ……」


 不意を打つか、現在の身の丈に合っていない銀炎チカラを使うことで、どうにか倒せる相手。

 およそ無銘レギオン──第一段階の魔剣士が一対一で立ち向かっていい位階の天使ではない。


 実際、資料でも交戦の際は一体につき二人以上で臨むよう、但し書きが添えてあった。

 そこら辺を含め、改めて考えると、よく切り抜けられたもんだ。


 まあ魔剣を抜いてからこっち、大なり小なり似たようなシチュエーションばかりだが。

 これが魔剣士の一般的日常だと言うのなら、命がいくつあっても足りやしない。


 …………。


 恐らく俺は、まだこの離れ牢の一割か二割ほどしか踏破していないだろう。


 にも関わらず、既に四体もの権天使プリンシパリティと遭遇した。


 協会の資料曰く、離れ牢のは基本的に核石コアのある広間から動かないとか。

 俺自身の過去三度の経験も踏まえて、それについては十中八九正しいと思う。


 つまり。やはり。

 最初に抱いた懸念通り、ここには更に強い天使が──


〈Laaaa〉


 そんな寒気のする思考を断ち切ったのは、頭蓋に刺さる甲高い声。

 生物よりも機械の音声に近いそれを聴き取り、咄嗟に振り返る。


〈Laaaaaaaa〉


 視線を向けた先には、肘から先が剣となった四本腕を振り上げる大天使アークエンジェルの姿。

 戦闘音に惹かれて、別の広間から寄ってきたのか。


「ッ……!」


 迎え討つべく魔剣を握るも、切っ尖は石床を擦るばかりで持ち上がらない。

 なんなら立つことすらままならない。どうにも想定以上に体力を削っていたらしい。


「くっ」


 広間に横たわる権天使プリンシパリティたちの亡骸は、ようやく光の粒にほどけ始めたところ。

 魔剣に吸い込まれて糧となり、俺を回復させるには、今しばらくの猶予が要る。


 ──ああ。間に合わないな、これは。


 こんな時でも不自然なほど冷静さを保たれた思考が、淡々と結論を出す。


 ──当たりどころが良ければ、死にはしないか。


 身体強化エクストラ発動時に全身を覆う蒼いモヤは、常夜外套と同様の性質も兼ねる。


 もっとも、飛斬スパーダに大半を注いだばかりであるため、現状の護りは薄紙同然。

 しかし心臓や頭部を重点的に護れば、時間稼ぎくらいは可能だ。


 他に手は無いと腹を決め、だいぶ目減りしたリソースを人体急所に集中。

 自動車並みの速度で迫る大天使アークエンジェルを見据え、痛手を最小限で済ませるべく身構える。


 けれど、四本の兇刃が俺の骨肉を裂く寸前──が、広間をつんざいた。


「う、おおおおおおおおおおおおッッ!!」


 まさに裂帛の気合いという表現が相応しい一声。

 意識外の出来事に反応したのか、僅かに刃先を緩ませる大天使アークエンジェル


 直後。スパーク音を撒き散らすの直撃を受け、横合いから突き飛ばされた。


「ッ……!?」


 石床を転がる大天使アークエンジェル

 その逆側。俺以外による飛斬スパーダが飛んできた方へと視線を移し──軽く目を見開いた。


「ふーっ……ふーっ……!!」


 そんなリアクションも、当然と言えば当然だろう。


 肩で息をし、振り下ろされた状態でを握り締める人影。

 両瞳に金色の輝きを宿した伊澄クロウが、そこに立っていたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る