第28話 不可解極まる『四度目』


 十秒近く続いた、三半規管を激しく揺さぶられる感覚。

 それが鎮まると同時、後ろに跳んで魔剣を口にくわえ、四つ足の体勢を取る。


 身体強化エクストラ発動中は、腕一本の力でも軽く数メートルの跳躍が可能。

 全方位への警戒と即応を行う場合、四つ足コレが最も適切だと、試行錯誤の末に判断した。


 の時は飛び込んで早々に不意打ちを食らい、危うく死にかけたからな。

 同じ轍は踏まない。また学ランをダメにするのも勘弁だ。もうスペアも残ってないし。


 …………。

 どうやら近くに天使は居ないらしい。

 コツコツと指先で石床を叩き、跳ね返る音で周囲の確認しつつ、静かに立ち上がる。


「……流石に冗談だろ」


 一切継ぎ目が見当たらない漆黒の石材で形作られた、十メートル四方ほどの広間。

 最早、すっかりと見慣れ始めた景色。


 都合四度目となる、離れ牢の中。


 だが──今回のそれは、あまりにも不可解すぎた。


「なんで俺が呑まれた……?」


 数日前、店長代理のツテで手に入った、魔剣士協会が発行している天獄関連の資料。

 部外秘の代物をどうやって取り寄せたのかは、あえて聞いていない。知らぬが仏。


 ともあれ、書いてあった内容を思い返す。


 離れ牢が発生する際は、基点となる座標に特殊な力場が形成され、空間を捻じ曲げる。

 だがしかし、その不安定な状態で魔剣士が触れると、うまく定着せず霧散する。


 早い話、魔剣士が直に離れ牢へと呑み込まれることは無い筈なのだ。

 にも関わらず、何故。


「……いや。考えるのは後回しだな」


 そもそも天獄が出現したのは、僅か十年前。

 もたらされる事象の原理を解き明かすには、あまりに短すぎる期間。


 資料の内容は話半分に捉えておくべきだろうと認識を改め、魔剣の切っ尖で床を叩く。

 甲高い音が鳴り渡り、聴覚を介して周囲の構造を把握した。


 ──が。


「くそっ、広い……」


 過去三度の離れ牢とは段違いの規模。

 分かる範囲だけでも二十以上の広間が存在している。全容を掴みきれない。


 けれど。最優先で探すべき対象の位置は、把握した。


「あっちだな」


 離れ牢に呑み込まれた被災者は、俺含めて七人。

 教室内に開かれているだろう入り口へと誰かが飛び込めば、その数字は更に増える。

 まあ、そんな考え足らずは居ないと信じたいが。


「……全員、助けられるか……?」


 背筋にビリビリと伝う、嫌な気配。

 今まで交戦した奴等よりも遥かに強い天使、或いはが居るやも知れない。


 そいつらと遭遇してしまったら、クラスメイトたちを守り切れる確証は無い。

 否。それ以前に、俺自身の命すら危うい。


「もしもの時は……腹を括るか……」


 ポケットの中をまさぐり、指先に触れた硬いものを引っ張り出す。


 先日、鑑定が終わって返された、黒い石。

 虚の剣と同様に売ってしまっても良かったのだが、一応の備えで持ち歩いていた代物。


 名を『聖石せいせき』。

 天石とは似て非なる、店長代理曰くアホほど希少らしい宝石。


 そのを端的に言い表すなら、まさしく一か八かのジョーカーってところか。


 ──切り札は最後まで切らないのが、一番なんだがな。


 出来ればコイツを使わず済むよう祈りながら、再びポケットの奥深くに突っ込む。


 ひとつ深く息を吸い、吐き出し、全身に酸素を回す。

 そうして数秒の後、人の気配が固まって感じられた方向へと、全速力で駆け出した。

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