三章 魔剣解放

第26話 二十日目の朝の一幕


 乱雑に積まれた書類の山を避けてスペースを作り、机上に虚の剣を置く。

 新しい離煙パイプをくわえながら、店長代理が愉快げに笑った。


「確かに何本でも引き取るとは言ったけどよ、飛ばし過ぎだろジンヤちゃん」


 次いで彼女は、肩越しに背後を見据える。


 より正しく言い換えるなら──壁に立て掛けられた、もう一本の虚の剣を。


「売却済み含めて、これでか。しかも三週間そこらでな」


 俺が魔剣士となって、今日でちょうど二十日。

 昨日また、この街で離れ牢の存在を察知し、なんだかんだ踏み入ってしまった次第。


「助かるぜー。コイツを餌に、また新しいツテが開拓できるってもんだ」


 だがアレは流石に仕方ない。何せ場所が老人ホームの玄関先だったんだ。

 足腰立たない高齢者が、協会に通報して人を寄越すまで保つとは、到底思えなかった。


 実際、中に呑まれてたのは認知症の婆さんで、あと数秒遅かったら死んでたし。

 前後不覚な年寄りにだって、死に方を選ぶ権利くらいある。


「お、そうだ。二本目の取引日も決まったぞ。喜びな、一本目より高値がついた」

「ですか」


 ……それにしても……どう考えても、おかしい。


 ネットやSNSなどで集めた情報によれば、離れ牢の年間発生数はほど。


 当然、観測漏れもある筈。

 第一あくまでネットの情報だ。正確な数字ではないだろう。


 にしたって、二十日で三回。

 それも、この街の中だけで。


 いくらなんでも、頻度が多すぎる。


「……まー確かに妙だな。偶然で片付けるにゃ、喉に小骨が残る話だ」


 胸中の疑念を店長代理に打ち明けると、神妙な様子で頷いて返された。

 やはり彼女も違和感を覚えていた模様。


「けどよ、お前にとっちゃ悪いコトばっかでもねーんじゃねーか?」


 天使を狩れば魔剣は強くなり、俺自身も実戦で場数を踏める。


 魔剣士協会は実力至上主義の組織。

 今後、存在が露見した時を思えば、チカラを蓄える機会が多いに越したことは無い。


 そんな感じに説かれた。

 物事からメリットを見出すのが上手い人だ。


「だいたい、離れ牢が生まれる原理なんて誰も知らねーんだ」


 理屈自体が分からないことを悩んだところで答えなど出ず、頭が痛くなるだけ。

 ならば小難しい考えなど投げ捨て、いっそ楽しめばいい。


 そう言葉を続け、ひんやりした指先で俺の頬を撫でる店長代理。

 ポジティブシンキング。死地を面白がる趣味は無いが、一理あるっちゃある御意見。


「そも、別に後ろ暗いマネしてるワケでもねーんだからな」

「……少なくとも、虚の剣の横流しには手を染めてますけどね」


 先日改めて調べたら、売買行為は普通に禁じられていた。

 特に海外輸出は一発アウト。麻薬を扱うより罪が重いとか。


「ハハッ、心配すんな! 魔剣関連はまだまだ法整備がザルだから抜け道なんていくらでもある! ちゃーんとアタシもお前も両手が後ろに回らないやり方で捌いてるって!」


 つまりそれは、巧みに法律の網目をくぐり抜けなければマズいことをやってるのでは。


 そう思ったけど、やぶ蛇になりかねないので詳細は聞かないことにした。

 知らぬが仏。

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