第23話 蒼銀の炎


左移動ルート七……!!」


 考えるよりも先、サイドステップを踏んでいた。


 強化された動体視力でも追い切れない速度の光弾。

 飛斬スパーダが当たっても薄い傷しか入らなかった壁面に穿たれる、拳大の窪み。


「……冗談だろ、オイ」


 ガードの際、条件反射で左腕へと身体強化エクストラを集中させていなければ、今頃は隻腕だ。

 いや。或いは腕ごと頭をトばされて終わりだったかもな。


 相変わらずの悪運強さ。

 またもや九死に一生を拾った。


「油断しやがって、馬鹿野郎が」


 我ながら度し難い迂闊。

 敵の性質も知らないクセに無力化したと思い込むとは、間抜けにも程がある。


 そもそも、あの怪物にはハナから手足が無かったんだぞ。

 そんな形態で一体どう戦闘を行うのか、何故これっぽっちも疑問を抱かなかった。

 少し脳みそを回せば、ああいう飛び道具の可能性にくらい辿り着けただろうに。


 …………。

 違う、今じゃない。反省も自嘲も後回しだ。

 この急場をどう凌ぐか。その答えを出すためだけに頭を使え。状況を観察しろ。


〈Maaaaaaaa〉


 羽付きは広げた左翼を激しく明滅させつつ、俺の挙動を窺っている。


 右翼の欠損が原因か、或いは元よりそういう仕様か、無尽蔵には光弾を撃てない様子。

 故に無駄弾を避け、狙い撃つ好機を見計らっているのだと推測する。


 ──そして、こっちもこっちで、軽率には近付けない。


 今の立ち位置が、光弾への確実な反応が可能なギリギリの距離。

 これ以上間合いを詰めれば、回避も防御も運任せとなる。


 ──飛斬スパーダで仕留めるしかない。


 離れ牢は時を置くほどチカラが増す。長期戦は厳禁。

 より高位の天使が喚び出されてしまう前に、カタをつけなければ。


 …………。

 が。羽付きを倒すには、飛斬スパーダでは出力不足。


 こっちが攻撃すれば、動くことが出来ない向こうは光弾で迎撃を行う筈。

 良くて相殺、悪くしたら力負け。どちらにせよ、本体までは絶対届かない。


 加えて飛斬スパーダを使えば身体強化エクストラの出力が目減りし、その間は反応速度も五感も鈍る。

 一発目と二発目のタイムラグを思い返すに、次弾の用意は羽付きの方が確実に速い。


 初太刀で終わらせられなければ、俺の敗色は濃厚だ。


「……ヘンに疲れるから、嫌なんだけどな」


 けれど、四の五の言ってもいられない。

 覚悟を決め、柄を強く握り締め、霞構えを取った。


 鏡面のように磨き抜かれた剣身へと、蒼い炎が灯る。


 そして更にエネルギーの収斂を続けると──その中に、銀色がチラつき始めた。


「ふううぅぅぅぅるるるるるるるる」


 ごっそりと体力が奪われて行く。

 ゲームで例えるなら、レベル五十で覚える呪文をレベル二十で使ってるような感覚。


 魔剣士協会は表面的な情報しか公開していない。

 なので銀炎これが一体なんなのかは、今のところ全く分からん。

 まさか問い合わせるワケにも行かないし。


 ただ、ひとつだけ確かなことが言える。


 この状態で放つ飛斬スパーダは、蒼一色とは比べ物にならないほど、強い。


刺突九番


 足の踏ん張りを腰に伝え、それを上半身のバネと足し合わせ、繰り出した突き。


 蒼銀の炎刃が流星の如く、羽付きに迫る。


〈Maaaa──〉


 途中、光弾に阻まれるも、あっさりと貫いて四散させる。

 僅かにさえも勢いを落とすことなく、飛斬スパーダは羽付きの身体半分を、塵に還らせた。






 羽付きと四本腕二体の亡骸が光の粒となり、魔剣へと吸い込まれて行く。


「ッ」


 少なからず消耗していた身体が、活力で充ちる。

 使い物にならなくなっていた左腕も、瞬く間に癒える。


 下天使エンジェル数十体分にも届こう、相当な熱量。

 だが、やはり前回の離れ牢で倒した怪物には及ばない程度。


 大天使アークエンジェル二体と権天使プリンシパリティ一体の合計値より上とは、本当になんだったんだアレは。

 またあんなのが現れないうちに、さっさと核石コアをブッ壊すとしよう。


唐竹割り一番


 大上段からの振り下ろし。

 バターのように一刀両断され、左右に分かれて落ちる金色の岩。


 しばし間を置いてから、核石コアもまた光の粒と化し、剣身に染み渡る。


 限界を超えて注ぎ込まれ、溢れ返るチカラ。

 湧き立つ全能感。それに呼応して荒ぶる精神。


「ッ……ッッ……」


 激昂に脳髄を掻き乱され、悲鳴じみたノイズに揺さぶられる思考。

 激しいにも似た強烈な破壊衝動を、無心で抑え込む。


 そして──






 ──カチリと、鍵の外れるような音が、頭の中で響き渡った。

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