第20話 駆け足の成長


 魔剣士は高い自己治癒能力を持つため、大抵の傷は身体強化エクストラを発動させていれば治る。

 しかし一応の備えとして、応急処置の方法をひと通り覚えておいて良かった。


 ──差し当たり、これで大丈夫だろう。


 女性が身に着けていたエプロンを裂いて包帯がわりとし、止血。

 鋭利すぎた傷口が逆に功を奏し、少し圧迫したら割と簡単に出血を止められた。


 ……とは言え、依然と意識が無いのは問題だ。

 どうやら倒れる際に子を庇ったことで受け身が取れず、強く頭を打った模様。


 軽い脳震盪くらいで済んでいればいいが、離れ牢ここの石材はやたらと硬い。

 もしも脳挫傷などが失神の原因だった場合、俺では流石にどうしようもない。


 そして正確な症状の判断ができない以上、下手に動かすのも危険。

 このまま、ここで安静にさせておくのが、現状最もベターな選択。


「まほーつかいさん……おかあさん、なおった……?」


 手を止めた俺に、おずおずと尋ねてくる子供。

 マジモノの魔法使いだったら治せたかもだが、生憎こちとらパチモノの魔剣使いだ。


「ああ。よく効く魔法をかけてあげたから、すぐ良くなる」


 嘘も方便。

 また騒がれたら面倒だしな。


「ただ、ママは今とても疲れて眠っているんだ。起きるまで待ってあげてくれ」


 止血処置で血まみれになった手をぬぐいつつ、立ち上がる。

 次いで、再び魔剣を手元に喚んだ。

 

「家に帰りたいか?」

「うん」

「じゃあ俺は今から、お前たちが帰るために必要なことをしてくる」


 たんたんたん、と踵で三度、床を叩く。

 改めて地形と天使たちの配置を把握し、柄を逆手に握り直した。


「ここを動くなよ。しっかりママを守ってあげるんだぞ」

「うん……!」


 幼子という生き物は、役割を与えてやればそれを遵守しようとする。

 こう言い含めておけば、ふらふら動き回ったりはしないだろう。


 不幸中の幸いと言うべきか、この広間に繋がった通路は、俺が通ってきた一本だけ。

 近くを徘徊する天使も既に片付けた。五分十分程度であれば、安全な筈。


 …………。

 ふと脳裏に蘇る光景。

 空間を叩き割って現れた、醜悪な怪物の姿。


 まごまごしてたら、また同じ目を見かねない。

 怪我人も居るワケだし、急ぐべきだろう。


「ったく……忙しないモンだな、魔剣士ってのは」






 移動、遭遇、接敵、攻撃、撃破。その繰り返し。


 広間を七つ越え、述べ十四体目となる下天使エンジェルを斬り刻んだところで、一度足を止めた。


「……なるほど」


 魔剣躰術の考案、並びに倒した天使を喰らい続けたことによる素のスペックの向上。

 その二点が合わさり、俺は随分と強くなったらしい。

 少なくとも下天使エンジェル相手なら、束になって来られようとも物の数ではないくらいには。


「これなら『銀』を使うまでもないか」


 アレやたら疲れるから嫌なんだよな。

 ついでに得体が知れない感じもするし。


 …………。


「敵が下天使エンジェルだけなら、の話だが」


 たん、と踵で石床を叩き、左右それぞれに開かれた通路を見回す。


 どちらも、今まで抜けてきた広間よりずっと広い空間へと続いていた。


「……次で終点だな」


 右に天使の気配は無い。恐らく虚の剣が刺さった部屋だろう。

 出来れば回収しておきたいところだが……どうにも、逆サイドが気になる。


「ッ」


 後ろ首がヒリつく。嫌な感じだ。

 あの先に、核石コアがある筈の広間に、下天使エンジェル以外の何かが居やがる。


「……今回も、易々とは出られそうにないな」


 強化された五感が警鐘を鳴らしている。

 報せているのだ。俺を殺せるだけのチカラを持ったバケモノの存在を。


 ……とは言え、このまま立ち尽くしたところで、事態は何ひとつ好転しない。

 むしろ時間をかければかけるほど、状況は悪化する一方だ。


 そもそも離れ牢に踏み入ることを決めた時点で、戦う以外の選択肢など皆無。


 何より──今の俺の双肩には、他人の命が乗っかっている。

 半ば勢い任せだったにせよ、自分でそうすると決めたのだから、責任は果たすべきだ。


「なんてな」


 魔剣の切っ尖を引きずりながら、あえてと歩き始める。


 肩肘張ったところで、物事はなるようにしかならないんだ。

 だったらせめて、気楽に行こうじゃないか。

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