第19話 胡蝶式・魔剣躰術


「うああああん! うああああああああっ!!」


 夕食の支度中だったのだろう、エプロン姿の女性。

 倒れ込んだまま意識を失った母親にしがみつき泣きじゃくる、二歳か三歳ほどの幼児。


 そして──黒い石床に広がって行く、真っ赤な血溜まり。


「チィッ……!」


 外付けの理由で精神が安定してるってのも、慣れれば便利なもんだ。

 魔剣と融合する前の俺なら、きっと即座には立て直せなかった筈。


 ──間に合わなかった。いや、まだだ。

 ──斬られたのは背中。恐らく傷口は内臓まで達していない。

 ──すぐに血を止めれば、しばらくは持つ。


 矢継ぎ早な思考でそう結論し、改めて広間内の状況把握に努める。


 天使は三体。いずれも剣持ちの下天使エンジェル

 倒れた母子を取り囲み、今まさにトドメを刺そうと動いていた。


 俺との距離は十メートルほど。

 最短距離を全速力で駆け抜けても、届かない。


「ままよ」


 柄を逆手に持ち替え、腰だめに構える。

 その所作と並行で、剣身へと蒼炎エネルギーを収斂させた。


右薙ぎ三番


 魔剣士に与えられる三種の異能の一、身体強化エクストラがもたらす埒外な膂力。

 そいつに振り回されず扱うための身体操法、要は『型』を、この一週間で作り上げた。


 ルート一からルート八までの、八方向への移動。

 一番から九番までの、九種類の太刀筋。


 ものは試し程度の思いつきだったが、これが想像以上に上手く行った。

 まだまだ技術としては骨組みの段階で、改善や肉付けの余地こそ大いにあるが、つまり裏を返せば伸び代に恵まれてるってことだ。


 俺はこの方法に確かな手応えを感じ、今後も研鑽を重ねると決めた。

 そうなると名前も欲しいと考え、五秒ほどかけて命名した。


 題して『魔剣躰術まけんたいじゅつ』。

 そのまんま過ぎる気もするが、こういうのはシンプルで分かりやすい方がいいのだ。


 閑話休題。


飛斬スパーダ


 腰だめに逆手で横薙ぎを放つ、三番の太刀筋。

 振り抜いた切っ尖の延長線上へと、三日月形の蒼炎エネルギーを射出する。


 ……魔剣躰術の実戦投入は勿論、魔剣技アーツと組み合わせての使用に至っては完全に初。

 飛斬スパーダは意外と撃つタイミングが難しい。思い通り飛んでくれて良かった。


〈aaaa──〉

〈aa〉

〈a〉


 位置取りが固まっていた三体の下天使エンジェルは、余さず飛斬スパーダの攻撃圏内。

 振り下ろされる間際だった都合六本の剣腕諸共、蒼く燃え盛る刃が首を断ち伏せる。


 かなり際どいタイミングだったな。

 まさに間一髪。


 ──倒れてくれてたお陰で、上手いこと一掃できたな。


 どうでもいいけど、範囲攻撃で敵複数体を纏めて倒すのって爽快感ハンパないよな。

 某パズルゲームで四列いっぺんに消す時も、それと近いものを感じる。


 蛍火に似た光の粒と化し、魔剣に吸い込まれて行く亡骸。

 ひとつ脈動する剣身を肩に担ぎながら、ギリギリ拾い上げた母子の元へと向かう。


「うえぇぇぇぇっ、うえあぁぁぁぁっ!!」


 相変わらず母親の懐で泣き喚くばかりのガ……お子様。

 正味、無理もない話だけれど、今は状況が状況。

 さっさと黙らせなければ、ここへ更に天使を呼び寄せかねない。面倒が増える一方だ。


 ……幼児の相手は、あんまり得意じゃないんだがな。


「おい、ボウズ」


 コツコツと魔剣の刃先で床を叩き、注意を引く。

 視線がこっちを向いてから一拍の間を挟み、人差し指の先に蒼炎を灯した。


 続けて中指、薬指、小指と、順繰りに灯火を増やす。

 飛斬スパーダの応用。子供騙しの手品だが、まさしく子供相手には効果てき面だった模様。

 泣きっ面のまま目を丸くし、呆然と俺を見上げていた。


「俺は魔法使いだ。ママを助けてやるから、もう泣くな」


 以前ベビーシッターの仕事を回された時の経験を思い出しつつ、言葉を選ぶ。

 本当は魔剣士だけど、声を抑えてくれさえすれば、この際なんでもいい。

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