第18話 【緊急】救援ミッション


 大きく歪む周囲の空間。

 目まぐるしく移り変わる景色。


 およそ数秒、船揺れに似た気持ち悪さが三半規管へと纏わりつく。


 それが消え失せた後──俺は、黒い石で閉ざされた薄暗い通路に立っていた。


「……あーあ。やっちまった」


 ちょうど一週間前にも引き込まれたばかりの、未だ記憶に新しい風景と空気感。

 踏み入るつもりは無かったと言うのに、見事にやらかした。


 こうなっては前と同様、核石コアを破壊しなければ脱出不可能。

 躊躇ゼロでこっちを殺しにかかる天使バケモノと、切った張ったのお時間。


 …………。

 ただ、まあ、意外と後悔はしていなかった。


「来ちまったもんは仕方ない。切り替えて行こう」


 もし仮に、あの場で子供の声に耳を塞いで帰っていたら、と少し考えてみる。


 恐らく当分は罪悪感を引きずった筈。

 そしてメンタルの低下は体調にも影響する。

 寝つきが悪くなり、飯も不味くなっただろう。


 とどのつまり、他ならぬ俺自身の精神衛生を保つため、これは必要な行動だったのだ。


 後々、厄介を背負い込むことになるかもだが……そこら辺は、未来の俺に任せる。

 頑張れ未来の俺。応援してるぞ。






「来い」


 虚空に燐火を迸らせ、俺の中から魔剣を喚び出す。

 既に発動中だった身体強化エクストラの出力を最大まで上げ、しばし目を閉じた。


「……広間は九つ。天使どもの数は……十六か」


 聴覚に身体強化エクストラのリソースを集中させ、反響定位エコーロケーションの真似事を行う。

 下天使エンジェルと思しき甲高い足音のお陰で、地形の把握は容易だった。


 併せて、、その両方の位置も掴む。


「裸足で走ってるのが一人」


 重心が高い。

 ほどの重量を抱えている。


 どうやら危険を冒す羽目になった甲斐はありそうだ。

 もっとも、時間的な猶予は多くないみたいだが。


「……まずいな」


 追手の下天使エンジェルが二体。

 走って行く先の広間にも、更に一体。


 鉢合わせて囲まれるまで、あと数秒。


「間に合うか……?」


 体勢を低く落とし、駆け出す。


 あと少し倒れ込めば顎を床に擦るほど極端な前傾姿勢。

 色々試した結果、このフォームが一番スピードが乗る上、安定性も高かった。


「チッ」


 目的地までは、二つ広間を越える必要がある。

 しかし、そのどちらにも下天使エンジェルの気配。


 素通りしたいところだが、追って来られたら面倒だ。


 仕留めるしかない。

 それも、可能な限り速やかに。


「まだまだ未完成の技術ワザをこんな形で実戦投入かよ。なんでこう毎度毎度忙しないんだ」


 疾走開始から七歩目でトップスピードに到達。

 長さ数十メートルの通路を、二秒弱で走破する。


 最初の広間へと抜け、左右に一体ずつ下天使エンジェルの姿を確認。

 反響定位エコーロケーションで捉えた通りの配置。我ながら中々の精度だ。


「ふうぅぅ」


 ──こいつらを、三秒以内に片付ける。


右前移動ルート二


 まず狙うのは、右側の一体。

 スピードを一切落とさず、踏み込みと合わせて方向転換し、直進で間合いを詰める。


右薙ぎ三番


 逆手で構えた魔剣を振り抜く。

 その勢いを利用して身体の向きを変え、左側の残る一体を正面へと据える。


前移動ルート一


 間髪容れず、真っ直ぐ突っ込んだ。

 下天使エンジェルは機械的な反応で両腕の刃を振り上げたが──致命的に出遅れた。


左切り上げ六番右切り上げ四番


 人間なら心臓がある位置を交点に、二連斬。

 動きが止まった下天使エンジェルの脇をすり抜け、延長線上の通路へと侵入。


 立ったまま絶命した亡骸たちの倒れる音が聞こえたのは、二つ目の広間に着く直前。


 が、生憎と悠長に喜んでもいられない。

 ほぼ同時に視認した三体目の下天使エンジェルは、クロスボウ持ちだった。


左前移動ルート八


 俺に気付いた等身大ビスクドールのバケモノが、こちらに矢尻をピタリと添える。


 知性が低いくせに、いや低いからこそ正確無比な照準。

 引き剥がすのは難しいと判断した俺は、頰に冷や汗を感じつつタイミングを見計らう。


「ッ──右移動ルート三


 下天使エンジェルが引き金を絞った直後、九十度右に跳んだ。


 射線と完全に並行な軌道。

 視界がスライドする中、撃ち放たれた矢が鼻先を掠め、飛び去って行く。


 危なっ。ギリギリを攻めすぎたな。

 あとコンマ一秒早く跳んでも良かったか。


左薙ぎ七番


 クロスボウは威力こそ脅威だが、連射は不可能。躱せさえすれば格好の獲物。

 くの字を描くように間合いを詰め、きっかり半回転、魔剣を薙ぎ払う。


 またもその勢いを利用し、身体の向きを転換。

 あの家の住人が居る筈の広間へと繋がる通路を正面に捉え、再三疾走。


 スタートからここまでの所要時間、およそ八秒。


 どうか間に合ってくれ、と祈るように走る。

 更に二秒費やし、通路を抜ける。






 そこで俺の目に映ったのは──抱いた子供を庇い、女性が斬り付けられる瞬間だった。

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