第17話 再びの投獄


 強化された五感が察知する人気ひとけを避けながら、夜道を駆ける。


 建物の屋根や電柱などにも飛び移り、三次元的な直進を続けること数分。


 やがて辿り着いた先は、住宅街の一角。

 何の変哲もない一般家屋の前で、足を止めた。


「…………」


 妙だ、と反射的に思う。


 灯りが点いているにも関わらず、中から人の気配が感じられない。

 代わりに背骨を引っ掻くような悪寒が、より強く伝わってきた。


「ああクソ、マジか……」


 俺の勘違いという僅かな可能性を祈りつつ、インターホンを押す。


 返答ナシ。

 五回ほど繰り返すも、結果は変わらず。


 やむを得ず、玄関を開ける。

 鍵はかかっていなかった。


「失礼します」


 一応、軽く声を張ってみた。

 が、やはり無反応。


 土足のまま……だと流石にマズいので、脱いだ靴を片手に上がらせて貰う。


 音のするキッチンに行ってみると、鍋に火がかけっぱなしだった。

 クッキングヒーターの電源を落としてから、周囲を見回す。


「……あった」


 半開きの冷蔵庫。

 そのすぐ手前の空間に奔る、赤黒い輝きを帯びた、大きな亀裂。


 ──やはり、勘違いではなかったか。


 魔剣士協会が掲載している注意喚起に添えられた画像通りの外観。


 離れ牢へと続く、一方通行の通り道。


「勘弁してくれ……」






 どうやら俺の魔剣には、離れ牢の存在を察知する独自の性質が備わっているらしい。


 あえて独自と断言したのは、そうとしか考えられないからだ。

 もし他の魔剣にも同じ性質が備わっているなら、離れ牢の致死率はもっと低い筈。


 …………。

 まあ取り敢えず今は、そんなことどうでもいい。


「どーすっかな」


 現状を頭の中で軽く整理しつつ、この場で取るべき行動を考える。


 まず真っ先に思い浮かんだのは、魔剣士協会への通報。

 と言うか、こうして現場に着くまでは、確認が済んだら普通にそうするつもりだった。


 が、まさか発生源が他所様の家の中とは想定外。

 通報に際し、何故気付けたのかと不審を買うのは確実。


 俺は弁が立つ方じゃないし、ボロを出しかねない行為はなるべく避けたい。

 第一、改めて考えれば協会に報せたところで救援が間に合う保証も無い。

 そんなこんなで、通報という選択肢は早くも消えつつあった。


 しかしそうなると、あとは俺が直接出向くか、いっそ見なかったことにするかの二択。


 前者の案は、正直気が進まない。

 閉じ込められた被災者に顔を見られる恐れがあるし、そもそも危険だ。


 語るに及ばず、離れ牢の中は天使の巣窟。

 前回生きて帰れたのは、半ば幸運の産物。


 何より、赤の他人を助けるために自分の命を賭けられるほど、俺は聖人君子じゃない。


「……チッ」


 結論。関わらずに立ち去るのがベター。


 俺だって命は惜しいし、もし死ねば少なくとも姉貴は泣くだろう。

 そんなリスクを背負ってやる義理、どこにある。


「────さん」


 しばらく考え込んだ後、のろのろときびすを返す。

 引き上げようと一歩踏み出しかけた瞬間、背中越しに微かな声が聞こえてきた。


「──おかあさん、おかあさんっ!」


 赤黒い亀裂の向こうから響き渡る、必死に母親を呼ぶ、幼い子供の叫び。


 動きを止めた瞬間、ふと視界の先で半開きになっていたドアの奥へと焦点が合う。


 リビングらしき部屋。

 幼児向けの番組が流れるテレビ。

 カーペットの上に散らばったオモチャ。


 壁に飾られた、親子三人を描いたと思しきクレヨン画。


「ッ……もう知るか! どうにでもなれ!」


 半ばヤケクソで靴を履き直す。


 そして──亀裂の中へと飛び込んだ。

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