二章 魔剣鍛造

第12話 バイト先は何でも屋


 短くも濃密な、まるで悪夢のようだった体験から、一夜明けた。


 あの後、無事家まで帰り着き、どうにか姉貴に悟られることなく学ランの処分に成功。

 たっぷり八時間眠り、早朝のバイトに出かけ──俺は改めて、自身のを実感した。


「よーしよし、いい子たちだ」


 先々週から任されている、ボルゾイ三頭の散歩代行。

 ぎっくり腰で動けない依頼主に替わり、川沿いのコースを約一時間走り回るお仕事。


 これが簡単なようで、意外と重労働。

 何せ元々はオオカミ狩りの猟犬だっただけあって、やたらと足が速い上に力も強い。

 そんなのが三頭だ。昨日までは毎回引きずり倒され、終わる頃には息切れ必至だった。


 が、今日は違う。


 現在、人気ひとけの無い土手を全力疾走する超大型犬たちと、である。


「どうしたレイチェル、遅れてるぞ」

〈ワフッワフッ!〉


 時速およそ五十キロメートル。

 短距離走における金メダリストの瞬間最高速度をも上回るスピード。


 しかも俺は今、身体強化エクストラを使っていない。

 つまり素の脚力で、トップアスリートすら凌ぐ俊足を発揮している。


 なんなら、ちょっと早めのランニングくらいの感覚で、だ。


 ──つくづく大したもんだな、魔剣士ってのは。


 クラスの奴等が毎日のようにコレ関連の話題で盛り上がってるのも頷けるというもの。

 良くも悪くもを求めがちな中高生には、存在自体が劇薬すぎる。


 魔剣との融合で精神性が変質していなかったら、俺も相当はしゃいだだろう。

 妙に冷静さが保たれるもんで、少しばかり気持ち悪いが。






 疲れてぐったりしたボルゾイたちを依頼主の家まで送り届け、今朝のバイト完了。


 超大型犬三頭の散歩代行、一時間につき一万円。

 そのうち半額が俺の懐に入る。つまり時給五千円。


 改めて勘定したら、なんてボロい仕事だ。

 もうしばらく続いてくれないかな、ぎっくり腰。


 などと少々不謹慎なことを道中で考えながら、店まで戻った。


「帰りましたー」


 ゴチャゴチャと乱雑に物が積まれた、小汚い陳列。

 ラインナップも楽器だの骨董品だの珍妙な置き物だの、纏まりが感じられない。


 どうせ何かが売れたことなんて一度も無いんだから、いっそ全部処分すればいいのに。


「ふっ……よっと……」


 前に肩をぶつけて雪崩を起こし、生き埋めとなった反省を踏まえ、注意深く進む。


 やがて危険区域を越え、奥の事務所に抜けると、店長代理がキーボードを叩いていた。


「んー、お疲れ。木村のオッサン、腰の具合どうだった?」

「まだ少し痛むみたいで、取り敢えず今週いっぱいは依頼続行です」

「そうか。じゃあ、それまで頼むわ」

「はい」


 離煙パイプをくわえ、濃い紫色の髪を適当に纏めた、気だるそうな佇まいの女性。

 俺の雇い主。一年ほど前、店の前に落ちてた求人チラシを拾った俺をバイト希望と勘違いし、そのまま即採用された次第。


 歳は知らない。見た目的には俺とそう変わらないから、たぶん二十歳そこそこ。

 名前は吉田きちだリオ。基本的には店長代理、或いは代理と呼んでいる。


 ついでに言うと、正規の店長とやらには会ったことすらない。


「夕方は草刈りに行ってくれ。場所は後で送っとく」

「了解です」


 店頭商品が全く売れないこの店の経営は、主に代行業と仲買業で成り立っている。


 アルバイトかつ高校生の俺に回ってくるのは、草刈りや犬の散歩などの細々した雑用。

 しかし、これが中々いい小遣い稼ぎになる。どんな仕事も外注すると高くつくのだ。

 引き受ける側としては、なんともオイシイ話。


「あー、あと配達も一件頼む。近くだから直接届けた方が早いんだよ」


 エアキャップシートで梱包された塊とバイクのキーを放り渡され、片手で掴む。

 相変わらず物の扱いが雑な人だ。


「中身はそこそこ値打ちモンの茶碗だから気ぃ付けろ。届けたらそのまま学校行きな」

「いや、ウチの高校バイク通学禁止なんですけど……つーか割れ物を投げないで下さい」


 店長代理は本人曰く、各方面に様々なツテを持っているのだとか。


 実際その人脈を活かし、大抵の品は数日もあれば容易く手元に仕入れてしまう。

 なので必然、顧客の多くは仲買の依頼者。


 普段の羽振りを窺うに、商売は上手く行っていると思われる。

 ますます店頭にガラクタを並べる意味が分からない。なんだろう、税金対策?


 …………。

 と、そうだ。


「あの、代理。実はとして話があるんですが」

「お前が? 珍しいこともあったもんだな」


 キーボードを叩く手を止め、椅子ごと俺に向き直る店長代理。


「いいぜ、何が欲しいんだ。特別に社員割で引き受けてやるよ」

「あ、いえ、買い物じゃなくて──」


 家にあった竹刀袋の口紐を開け、中身を引っ張り出す。


 代理は数ヶ月ほど前、同じものを商品として仕入れていた。

 だから彼女に依頼するのが一番手っ取り早いと考え、早速持って来たのだ。


「──こいつを、売り捌いて欲しいんです」


 露わとなった虚の剣。

 店長代理の目が、静かに見開かれた。

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