第11話 閑・遅すぎた救援


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 胡蝶ジンヤが自らの手で離れ牢を脱し、家路に就いてから、およそ三十分。


 軽快な足運びで周囲の屋根を飛び移り、宙を駆け抜けた人影が、路地裏へと着地する。


「──ユカリコだ。指定の座標ポイントに到着した」


 袴姿に編み上げブーツを履き、金具だらけのロングコートを羽織った、奇天烈な格好。

 褐色の肌と腰まで伸びた白い癖毛が特徴的な、背の高い、邦人離れした容貌の女性。


〔御苦労様。入り口は?〕

「……見当たらん。やはり既に閉じた後のようだな」


 マイク付きのワイヤレスイヤホン越しに告げた女性──ユカリコが眉間に皺を寄せる。

 彼女の報告はつまり、ここで発生した離れ牢に呑まれたが、もう生きていないことを示していた。


〔そう……分かった。剣の回収をお願い〕

「了解」


 ユカリコは黙祷を捧げるように暫し目を伏せた後、おもむろに手を伸ばす。


「酔い痴れろ──『酒呑童子シュテンドウジ』」


 宵闇の中、金色の輝きを帯び始める両瞳。

 虚空に蒼いが迸り、それを掴んだ瞬間、その手には一本の刀が握られていた。


 刃渡りだけでも五尺余りの、いわゆる野太刀や大太刀に分類される大刀。

 浅く反った峰を肩に担ぎ、ユカリコは何かを探し始める。


 ──離れ牢は囚われた人間が死ぬと入り口を閉じるが、その際に僅かな継ぎ目を残す。


 俗称で『聖痕スティグマ』と呼ばれる、身体強化エクストラ発動中のみ視認可能な痕跡。

 そして、なまえを取り戻した第二段階の魔剣ならば、強引にこじ開けることも出来る。


 虚の剣は今や、離れ牢でしか新たな調達が適わない代物。

 故に魔剣士協会は、特殊な系統の異能を有する者たちに定期的な探査を行わせている。


 表向きこそ被災者の早急な救助のためという題目だが、しかし実際は人命など二の次。

 少なくとも協会上層部にとっては、虚の剣の回収こそが主目的の活動。


「……?」


 金の瞳を忙しなく周囲へと泳がせた末、やがて怪訝な表情を作るユカリコ。

 イヤホンが着いた左耳を掌で覆いながら、通話先の相手に疑問符を向けた。


「本当にここで合っているのか? 聖痕スティグマが無いぞ」

〔え……? そんな筈……〕


 空間の継ぎ目は時間経過と共に薄れ、やがて消え失せる。

 が、流石に数十分そこらで塞がりきるような代物ではない。


 考えられる可能性は、二通り。

 探査に不備があって場所を間違えたか、或いは。


〔……まさか……被災者が、自力で……?〕

「馬鹿な」


 あり得ない、とユカリコは首を振った。


下天使エンジェル大天使アークエンエンジェルだけなら兎も角、今回お前が捕捉したのは『聖人』だろう」


 ならば戦闘能力は、最低でも相当。


「にわか仕込みの魔剣使いが太刀打ちできるものか」


 そう切って捨て、手近な建物の屋根へと飛び乗るユカリコ。


「ひとまず周囲の捜索を行う。体力が戻ったら、また探査を頼む」

〔……お願い。結果が出たら、こっちから連絡するわ〕


 一旦通話を終え、ぐるりと辺りを見渡す金色の瞳。

 しかし道が入り組んでいる上、ほとんど街灯も立っておらず、視認性は劣悪だった。


「シラミ潰しだな、これは」


 小さく鳴り渡る舌打ち。

 次いで僅かに膝を曲げ、身を屈める。


 直後、ユカリコの輪郭が大きくブレ──そのまま、音も無く姿を消した。

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