第10話 掴み取った一命


 ドス黒い血を撒き散らし、ぶちぶちと断ち斬れる骨肉。

 併せて、大天使アークエンジェルの握る雷槍がカタチを失って弾け、持ち主の絶命を示唆する。


 一方で標的を裂き、尚も勢いを余らせた飛斬スパーダ

 その蒼銀の刃は、太刀筋の延長線上に浮かんでいた核石コアと衝突。

 諸共に砕き伏せ、空気へと溶けながら霧散した。


 …………。


「終わった……の、か……?」


 消耗し過ぎて、うまく頭が回らない。

 いっぺんに静まり返った周囲を何度も見渡した末、ようやく理解が追い付き始める。


 生き残った、と。


「……軽く三回は死んだかと思った」


 魔剣の切っ尖を床に突き立て、胸を撫で下ろす。


 まさしく九死に一生。特に最後の流れは出来過ぎだ。

 間一髪で虚の剣まで辿り着けたことといい、大したラッキーデイ。宝くじ買おうかな。


 まあ本当にツイてる奴なら、そもそも離れ牢に呑まれたりしないか。

 運は運でも悪運。ギャンブルには活かせそうもない。残念。


「ン」


 安堵する最中、大天使アークエンジェルの亡骸と砕けた核石コアが、光の粒へと変わる。


 そして剣身に吸い込まれ、ほぼ完全に尽きてしまった体力を回復──否。


 どころの話では、なかった。


「かッ……!?」


 魔剣を介し注がれる、下天使エンジェルなどとは比較にもならない膨大な熱量。

 軽く押されただけで倒れそうだった身体が、活力で充ちる。


「はぁ、ぐっ、ふうぅぅるるるるっ」


 疲労は瞬く間に癒え、上限すら突き抜けて溢れ返るチカラ。

 まるで自分が最強にでもなったかの如き全能感が湧き立ち、荒ぶる精神。


 そんな激昂に押され、思考にノイズを走らせる凶暴な情動。

 目に映る何もかもを壊したいという破壊衝動を、努めて無心となって抑え込む。


「────」


 どうにか気分が凪いだのは、魔剣が光の粒を残らず平らげて、数分ほど過ぎた頃合い。


 いつの間にか俺は、元の路地裏──離れ牢の外に立っていた。


「ふーっ……」


 深呼吸を繰り返しながら、注意深く周囲に視線を巡らせる。


 辺りには人影どころか、生き物の気配も無い。

 案の定、救助は期待するだけ無駄だったみたいだ。


 代わりに見付けたのは、戦闘の邪魔にならないよう広間への突入寸前に捨てた虚の剣。

 離れ牢の消滅に巻き添えを受けてなくて良かった。折角の大金がパーになるところだ。


「……?」


 拾い上げるべく近寄ると、一緒に転がっていたが目につく。


 ビー玉サイズの、つやつやした黒い球体。

 黒曜石に似ているけれど、よく確かめると暗闇の中で自ら淡く光を放っている。


 取り敢えず持って帰っておこうと思い、ポケットに突っ込んだ。

 次いで魔剣を手元から消し、代わりに虚の剣を掴み、立ち上がる。


「どーすっかな」


 空いた手でスマホを弄びつつ、少し考えた。

 現状を鑑みれば警察か魔剣士協会か、或いはその両方に通報すべきなのだろうが……。


「……色々調べた後でも、遅くないか」


 魔剣士という存在のは、この一時間余りで十二分に理解した。

 そんな連中が大勢在籍する組織の実態さえ曖昧なまま関わるとか、普通に勘弁。


 …………。

 それよりも、今一番に重要なことは、だ。


 ──姉貴になんて説明しよう。


 頑丈な布地が一直線に斬り裂かれ、その周りには血が染み付いた学ランの脇腹。

 身体の傷こそ身体強化エクストラの恩恵で塞がったものの、服は流石にどうにもならない。


 ──金網に引っ掛けた……とかじゃ、ちょっと無理あるよな……。


 ひとつ溜息を零す。

 やがて意を決し、重い足取りで再び帰路に就く。


 願わくば、家へと辿り着く前に、上等な言い訳が浮かんでくれることを祈りながら。

 頑張れ、数十分後の俺。

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