第9話 狙うは先手必殺


 下天使エンジェルの数倍は密度が濃い常夜外套と飛斬スパーダが衝突し、激しく火花を撒き散らす。


「はあぁっ!」


 その光景を見据えながら、間を置かず、返す刀で二の太刀を放った。


「まだ、まだァッ!」


 更に三の太刀、四の太刀、五の太刀と繰り出して行く。

 残る全ての体力を搾り尽くす意気で、飛斬スパーダを撃ち続ける。


 ──あの槍。アレは相当ヤバい。


 穂先が掠っただけで感電死するだろう、落雷にも等しい電気の塊。

 あんなものを平然と作り出せる化け物に手番など許せば、確実に御陀仏。


 ──先手必殺。我ながら良い判断だった。


 向こうは離れ牢ここへと喚び出されたばかり。まだ本調子ではない。

 ギアが切り替わる前に押し切る。そうする以外に勝機は無いという確信があった。


 だから、目が眩もうと、吐き気が込み上げようと、ひたすら攻め続けた。

 全くもって、悪ふざけが過ぎる難易度だ。


「ッ……ッッ……」


 剣身に蒼炎エネルギーあつめられなくなったのは、七度目の飛斬スパーダを撃ち終えた後。

 身体強化エクストラが俺の意思に反して解除され、四肢に力が入らず、膝をつく。


 口の中に広がる血の味。

 限界まで走り抜いた時のような疲労感。


 外見よりも軽い魔剣を持ち上げることさえ適わず、切っ尖が黒い石の床を擦る。


「はーっ……はーっ……っ、ゴホッごほっ!」


 息をするのも一苦労。

 まさしく精根尽きた、といったところか。


 けれど──倒れるワケには行かない。


「ぐ、くっ……!!」


 分かる。まだだ。まだ足りない。


 だからせめて、あと一撃。あと一発。

 もしそこまでやって駄目なら、無理ゲーだったと潔く諦めよう。


「ふうぅぅ……ッ」


 よろめきながら立ち上がり、再び大天使アークエンジェルへと向き直る。


 奴は七太刀の飛斬スパーダに咬み付かれ、完全に動きを封じられていた。


 だが、この状態が続くのも恐らくあと十数秒。

 今が最初で最後のチャンス。

 柄を両手で握り締め、蒼炎エネルギーを纏わせようと必死で力む。


 視界の端に何かがチラついたのは、そんな時だった。


〈aaaa〉


 戦闘音に誘われてか、広間へと踏み入ってきた下天使エンジェル

 元から離れ牢に存在していた天使、その最後の一体。


「ハッ……!」


 これぞ文字通り天の助け。

 などと下らない洒落を胸の内でこぼしながら、駆け出す。


 最早、満足に身体強化エクストラを発動させる余力すら残っていない。

 故に両脚だけを強め、十メートル近かった間合いを即座に詰める。


「寄越せぇぇぇぇッ!!」


 切っ尖を振りかぶり、今度は右腕にチカラを集中させ、一閃。

 こんなズタボロの有様だってのに、自分でも驚くほど鋭い剣戟だった。


 空振りを錯覚するほど薄い手応え。

 顔が映り込むくらい滑らかな断面を残し、落ちる胴。


 立ち尽くした下半身が倒れるよりも先、光の粒へとほどける骸。

 ひと粒残らず魔剣へと吸い込まれ、剣身が脈動する。


「ハハッ」


 乾ききったスポンジに水滴を垂らされたような感覚。

 ほんの僅かだが、活力が戻る。


「────」


 魔剣を構え、振り返りながら薙ぎ払う。

 剣身に収斂させた蒼炎エネルギーを、正真正銘、ありったけのチカラで撃ち放った。


「ああぁぁぁぁああああッッ!!」


 射出の後、三日月形の蒼い炎に仄かなが混ざっていることに気付く。

 それが何を意味する現象であるのかは、生憎と分からなかったが。


「い、け……!」


 本日十発目の飛斬スパーダは、寸分違わず異形の怪物へと斬りかかる。


 一秒か二秒の拮抗を経て、大天使アークエンジェルの身体を勢い良く押し込む、銀色を孕んだ蒼炎エネルギー


 そして、とうとう常夜外套を突き破り──甲高い叫び声が、広間をつんざくのだった。

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