第8話 ラスボスは大天使……?


 徘徊する下天使エンジェルを概ね討ち、核石コアにさえ寄らなければ安全が確保されつつあった状況。

 にも関わらず、危険を冒してまで自力での脱出を選んだのには、当然理由がある。


 俺の人伝いに聞いた知識が正しければ、救助を待つ方が明らかにヤバかったからだ。


 ──離れ牢は、時を重ねるほど内包するチカラが増す。


 そしてチカラが増せば、よりの天使が牢に喚び寄せられ、獲物を襲うのだとか。


 万一そんな事態に及ぼうものなら、俺の生還は一気に遠のいてしまう。

 故にこそ早急な解決を図ったのだが……どうやら一手、間に合わなかったらしい。






〈Loooooooo──〉


 ヒビ割れた空間が砕け、大きな穴を穿つ。


 その奥から鳴り渡る、獣の唸りに似た発声。

 穴をくぐり抜けて現れる、声の主。


〈Lo、Lo、Loooo〉


 三メートル近い体躯。

 腐りかけた肉や骨をデタラメに繋ぎ合わせ、無理やりヒトガタへと整えた輪郭。


 ひたすら無機質だった下天使エンジェルとは対極的な、ひどく血生臭い姿。

 およそ真っ当な生物とすら評し難い、まさしく怪物じみた異様な風体。


 延いては、その全身を色濃く覆う黒い力場、常夜外套から発せられる膨大な熱量。

 肌身を突き刺さんばかりの、刺々しい威圧感。


 身体強化エクストラによって鋭敏化された五感が、を静かに推し量る。


 ──強いな。


 今まで出くわした下天使エンジェルなど、こいつと比べたら仔猫に等しい。

 ひとつ階級が変わるだけで、こうも隔絶するものなのか。


「『大天使アークエンジェル』……で、いいんだよな?」


 シチュエーション的に、そう考えるのが順当。

 第八位。下から二番目でとは、全く恐れ入る。

 

 例えるなら、恐竜とでも遭遇したかのような心地。

 魔剣と融合する前だったら、ビビって動けなくなってたかもな。


 だが、今の俺に恐怖心は無い。

 代わりに抱いている感情は、天使という存在に対する純粋な敵意。


 つーか、ふざけんな。チュートリアルにエクストラステージなんぞ組み込みやがって。

 無闇矢鱈と難易度上げればいいってもんじゃねぇだろ。誰か俺に恨みでもあるのかよ。


「ふうぅっ」


 深く息を吸って全身に酸素を回し、霞構えで大天使アークエンジェルへと切っ尖を突き付ける。


 その敵対行為に反応したのか、向こうもまた臨戦態勢を取った。


〈Loooooooo〉


 バチバチと弾け飛ぶスパーク音。

 夥しい紫電が圧し固まって槍を模り、大天使アークエンジェルの手中に収まる。


 そして、刺突を放たんと異形の腕を引き絞る間際──俺は大きく後ろに跳んだ。


「残念。真面目に戦ってやる気なんざ一ミリもねーんだ、これが」


 七体の下天使エンジェルを取り込んで回復したとは言え、全ての消耗を癒すには足りなかった。


 現状のコンディションは、最大値の七割前後。

 感じた地力の差も計算に入れて考えれば、正面戦闘を挑むなど無謀もいいところ。


 故に速攻。狙うは超短期決戦。

 大技を連続で繰り出し、なし崩しで強引に勝ちを掠め取る。


「ふうぅぅるる」


 バックステップの最中、腰だめに魔剣を構え、蒼炎エネルギーを剣身へと収斂。

 着地と合わせて、渾身の一刀を振るう。


 踏ん張りを腰に乗せ、腕に伝わせ、作り出した勢いを切っ尖まで注ぎ込むイメージ。


 今日一番に滑らかな所作。

 状況は悪化する一方だってのに、集中力は加速度的に増して行く。


 逆境に立たされても頑と揺らがぬ精神。

 個人的には肉体性能の強化よりも、こっちの方が有難い。

 頭の中を弄くられてるみたいで、正直あまりいい気はしないが。


飛斬スパーダァッ!!」


 雑念を払い、身体の中から活力が抜け落ちて行く感覚と共に、斬撃を飛ばす。


 太刀筋をなぞって飛来する、三日月形の蒼炎エネルギー

 出し抜けの一撃に反応が遅れた大天使アークエンジェルの肩口へと、吸い込まれるように直撃した。

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