第5話 異能・身体強化


 跳躍の勢いを突進力に転じさせ、一刀を振り下ろす。


 反応が遅れた下天使エンジェル

 その頭頂部から股にかけてを断ち、右半身と左半身に斬り分ける。


「十二」


 着地と同時に膝を大きく曲げ、踏み込みへと繋ぐ。

 今の一撃はイマイチだったな。やはり地に足がついていないと威力半減だ。


「十三」


 踏み込んだまま重心を低く保ち、腰の捻りと腕の振りを連動させ、横薙ぎ一閃。

 よく研いだ鎌で雑草を刈る時のような軽い手応えと共に、別の下天使エンジェルを狩る。


 まあまあ悪くない。七十点。

 体幹と背筋を意識すれば、もっと良くなりそうだ。






 出くわす天使どもを都度斬り捨て、離れ牢を練り歩く。


 その傍ら、魔剣との融合に伴って流れ込んできた情報を、頭の中で整理する。


 ──魔剣は、持ち主にの異能を与える。


 うちひとつが、今この瞬間も発動させている『身体強化エクストラ』。


 効果は読んで字の如く。

 肉体面における全能力を限界以上に活性化させ、何倍にも引き上げるチカラ。


 筋力や体力は勿論、思考速度や反応速度に至るまで、離れ牢に呑まれる以前の俺とは比較にならない域へと高められている。


 自己治癒能力も凄まじい。

 普通なら縫合しなければならなかっただろう脇腹の傷が、いつの間にか塞がっていた。


 ただ、だからこそ扱いが難しいと、すぐさま気付かされた。


 その理由は、俺と最初に遭遇した下天使エンジェルが攻撃を空振った際、すっ転んだのと同じ。


 跳ね上がった膂力に対し、体重が軽すぎるのだ。


 ひどくアンバランス。

 例えるなら、軽自動車にスポーツカーのエンジンでも積んだような状態。


 ゆえに絶えず全身の連動を意識しなければ、十分な威力が切っ尖まで伝達されない。

 少し律動が狂うだけで、思った通りの攻撃が繰り出せなくなる。

 これが滅茶苦茶にもどかしく、気持ち悪くて仕方なかった。


 ──どうも、ぎこちなさが抜けないんだよな。


 単発の攻撃なら、十三体の下天使エンジェルを練習台に、だいぶコツを掴めたと思う。


 が、連撃時のが、素人目に見ても明らかに甘い。

 こんなことなら、せめて武道なり格闘技なり習っておけば良かった。


 ──などと呑気に黄昏る暇を与えてくれないのが、この場所だ。


「シッ!」


 虚空から魔剣を逆手で掴み取り、背中越しに刺突を放つ。


 刃先が貫いたのは、両腕の剣をカマキリのように振り上げた下天使エンジェルの胸部。


 ──正面から出くわせば突撃、背中を見せれば忍び足……嫌らしい行動パターンだ。


 これまでの戦闘で、急所の位置は人間と大体同じだということは確認済み。

 突き刺したまま剣身を半回転させ、より深く抉る。


 魔剣を引き抜くと、傷口から血の一滴すら流すことなく倒れ伏す下天使エンジェル

 返り血で汚れないのは助かる。無機質な見た目通り、血も涙もありませんってか。


「十四。ボチボチ過半数は片付いたか?」


 息を殺し、身体強化エクストラによって鋭敏化した五感で周囲を探る。


 ──残り七……いや、八。


 しかも、うち七体は同じ場所に固まってるっぽい。

 恐らくそこに、この離れ牢の核──正しくは『核石コア』と呼ばれるものがある筈。


「一対七か。勘弁願いたいね」


 魔剣と核石コア。両方が内部に揃っていなければ、離れ牢は存在を保てない。

 理由は知らんけども、そういう仕組みなのだとか。


 ──手薄になってくれないもんかと、あえてデカい音を立てながら戦ってたんだがな。


 生命線だと理解しているのか、離れ牢の天使たちは重点的に核石コアを護ろうとする。

 呑まれた奴の九割以上が助からない最たる理由だと、どこかで聞いた話を思い出す。


 ──いっそのこと、救助を待つか?


 核石コアの近くに戦力が偏ってるなら、それもアリ。


 発想の転換。

 我ながらナイス妙案。


 …………。

 と、言いたいところだが、生憎そいつはナシだ。


 もうひとつ厄介な情報を思い出した。

 離れ牢に長く滞在するのは、マズい。


「やむを得ない、か」


 足元で倒れた下天使エンジェルが、光の粒となって魔剣へと吸い込まれる。


 その光景を視界の端で見とめた後、俺は盛大に溜息を吐き、天使どもの気配が固まった方へと爪先を向けるのだった。

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