第4話 不本意な初陣


 俺という獲物を捉えるや否や、真っ直ぐ突っ込んでくる下天使エンジェルたち。


 実に単調な、どこか昆虫を思わせる挙動。

 その程度の知性しか持っていないのか、或いは小細工など不要と断じているのか。


 まあ、どちらでも構いやしない。

 実態がどうであれ、俺のやることは同じだ。


 こいつらを、斬る。


「ふっ──」


 先頭の下天使エンジェルを標的に据え、ステップインからのダッキング。

 要は間合いを詰めつつ体勢を落とし、振り下ろされる両腕の刃を躱す。


 すごいもんだな、魔剣ってのは。

 相手の動きが、一挙手一投足に至るまでハッキリ見える。


「──シィッ!」


 がら空きとなった胴を、間髪容れず斬り上げた。


 一刀。

 下天使エンジェルの体表に纏わりつく黒いモヤ──常夜外套を、濡れた和紙も同然に引き裂く。


 それだけに留まらず、鉄の硬度を持つ身体にまで易々と食い込む剣身。

 けれど両断までは行かず、力任せに振り抜いた勢いで近くの壁まで吹き飛ばす。


 盛大に叩き付けられた下天使エンジェルは、その衝撃がトドメとなり、動かなくなった。

 どうやら常夜外套を貫いた直後なら、魔剣以外でもダメージを与えられる模様。


 しかし、なんだ。


 ──刃筋の立て方が悪かったか。


 第一段階の無銘レギオンだろうと、魔剣の斬れ味なら下天使エンジェル程度、バター同然に断てる筈。


 となれば原因は扱い方。とどのつまり持ち手である俺の不手際。

 へたくそめ。もっとも剣など生まれて初めて使うから、当然と言えば当然だけど。


 ──こんな感じ、か?


 数秒前の手応えを思い返し、踏み込みや腰の捻り、腕の振り、柄の握り方などを修正。

 そして二体目の下天使エンジェルを攻撃圏内に引き入れ、一体目と同じ太刀筋で一閃。


「お」


 今度は、するりと刃が通り抜けた。

 一拍遅れて下天使エンジェルの胴に斜めの線が奔り、滑り落ちる上半身。


 悪くないが……まだまだ六十点てとこだな。

 頭の中でイメージした動きを、六割程度しか再現出来ていない。


「要練習」


 右足親指を軸に一回転。

 その勢いを乗せた横薙ぎで、三体目の首を落とす。


 更に回転を続け、五連斬。


 ──回転、捻り、助走、体重移動。そうやって作ったを刃先に乗せるのがコツか。


 頭部を欠いたまま立ち尽くす下天使エンジェル

 指先で小突くと、微妙な均衡が崩れた亡骸は大きく傾き倒れ、バラバラに飛び散った。


 金属のような陶器のような破片をひとつ拾い、断面を撫ぜる。


 つるつるした滑らかな触感。

 が、ふちのあたりに少しが残ってしまっている。


「やっぱり要練習だな」






 魔剣獲得から数十秒と間を置かず、臨む羽目となった初陣。

 上手く切り抜け、ひと息ついた頃合、広間に転がる三体の亡骸へと異変が生じる。


「……なんだ?」


 蛍火に似た、無数の光の粒と化した亡骸。

 そして、俺が握る魔剣へと吸い込まれて行く。


 大きく脈打つ剣身。

 そんな現象と併せて、僅かにチカラが増したような気がした。


 ──なるほど。こうやってのか。


 得心と共に魔剣の表面を燐火で覆い、そのまま手元から消す。


 消したと言うか、俺という鞘の中に収めたってニュアンスの方が正しい。

 微妙に異物感があって気持ち悪いけど、まあ、そのうち慣れるだろ。


 ──取り敢えず、第一目標達成。


 間一髪だったが、どうにか魔剣は手に入れた。

 あとは『核石コア』を探し当てて破壊すれば、この離れ牢は消えて無くなり、外に出られる。


 明日も早朝からシフトが入ってるんだ。しかも結構な体力仕事。

 ぐずぐず長引かせて寝不足とか、マジ勘弁。


「こいつは……どーすっかな」


 タッチの差で俺のものにならなかった虚の剣を、軽く足先で蹴る。


 最初に素手で触れた人間と融合し、異能を与える摩訶不思議なオカルトグッズ。

 かなりの貴重品らしく、魔剣士協会が喉から手が出るほど欲しがっている代物。


 こいつを捌けば、結構な大金が懐に転がり込む筈。

 我が家の慎ましい経済事情を考えたら、纏まった金が入るのは非常に有難い話だ。


 少し考えた後、俺は虚の剣を拾い上げ、ベルトで後ろ腰に括り付けた。

 微妙に邪魔だが、戦闘の時はそこら辺に放り投げておけば問題無い。


 ──よし。行くか。

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