第3話 石床に刺さった魔剣


 十年前の天獄出現当初、内部調査に伴う形で天使たちと交戦した自衛隊の戦闘記録によれば、奴等には銃火器や爆弾は勿論、あらゆる化学兵器も全く通用しなかったらしい。


 単純な運動エネルギーや熱量のみに留まらず、害的行為の一切を遮る鉄壁の護り。

 そんな反則じみた防御性能を誇る上、絶えず全身を覆う力場──通称『常夜外套じょうやがいとう』。


 そいつを貫ける唯一無二の武器こそが、言わずと知れた『魔剣』。

 その名が指し示す通り、悪魔のチカラを宿すとかいう触れ込みの、未だ謎多き代物。


 離れ牢には必ずあると聞いていたが……ネットの情報も、たまにはアテになるもんだ。






 背後からの禍々しい気配に追い立てられる形で、遮二無二駆け寄る。


 石の床に深々と刺さった、二本とも完全に同一規格の片手剣ショートソード

 表面は漆喰に似た何かで白く覆われ、一見する限りでは刃物としての能力は皆無。


 間違いない。以前バイト先で一度だけ実物を見たことがある。

 持ち主不在の魔剣──『からの剣』だ。


「ッ……」


 うろ覚えだが、魔剣に宿る悪魔チカラは千差万別と聞く。

 故にどちらを抜くか、一瞬迷う。


 が、生憎そのチカラとやらの詳細を確かめる術など俺は知らない。

 と言うか、そんな方法があるのかさえも分からない。


 何より今は、悠長に考えている時間も惜しい状況。


 ままよと、いっぺんに掴んだ。


「うおっ……!?」


 すると左手に握った方の魔剣が勢い良くヒビ割れ、数秒と待たず跡形も無く砕け散る。


 一方、残った右手側の魔剣は、手応えすら感じさせず、あっさりと引き抜けた。


「…………」


 掌を通し、伝わる重量。思ったより軽い。

 白く塗り込められた剣身を目線の高さまで掲げ、ざらついたしのぎを指先で撫ぜる。


 その所作を終えるよりも早く、俺は魔剣に関する概ねを理解した。


 正しくは、脳内に直接情報が流れ込んできた、と言うべきか。


「なるほど」


 逆手に柄を握り直し、振り返る。


 三体の下天使エンジェルが、ちょうど広間に雪崩れ込んでくるところだった。


「……のっけから対多とか、チュートリアルの難易度バグってるだろ」


 決して好ましいシチュエーションとは言えないが、敢えて軽口を叩く。

 おどけたり茶化したりで緊張をほぐす。俺なりの処世術。


 静かに息を吸って吐いて、それを三度繰り返した後──魔剣を棄てた。



 金属音を立てて床を転がる、俺のものにならなかった虚の剣。

 たぶん、触れるのがコンマ一秒ばかり遅かったのだろう。


「来い」


 何も無い宙空に、蒼い燐火が迸る。


 それを掴むと、火は更に勢いを増して燃え上がり、やがて剣へと転じた。


 ──先程の現象は、魔剣が壊れたワケじゃない。


 俺という『鞘』に、取り込まれたのだ。


「銘は……流石にまだ分からないか」


 表面の封印が剥がれ落ち、鏡の如き剣身が露わとなった姿。


 使い手を得たことでチカラの一部を取り戻した第一段階の魔剣、無銘レギオン


 ──まあいいさ。下天使エンジェル相手なら無銘こいつで十分だ。


 魔剣と混ざり合った影響で精神性が変化したのか、嘘のように消え失せる恐怖心。

 代わりに湧き上がるのは、天使という存在に対する敵意。


「木っ端のデク人形が。さっきはよくもやってくれたな」


 強く苛立ちながらも、やけに落ち着いた心地。

 改めて状況を見定めつつ、身構える。


「来いよ。纏めて斬り刻んでやる」

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