第2話 天使という名の怪物


 離れ牢の構造は、俺の知識にあるものと大差なかった。


 細い直線の通路と、それによって繋がれた広い部屋。

 その繰り返し。実にシンプルで助かる。


「……ここにも無い、か」


 述べ四つ目となる広間。

 殺風景な空間を見渡し、けれど目的の品は見当たらず、ひとつ溜息を吐く。


 本当にのか、ボチボチ疑わしくなってきた。

 やっぱりネットの情報なんか話半分だな。嘘つきの多い世の中だ。


 とは言え、他に生きてここを出る手段は、俺の知る限り無い。

 であれば話半分でもなんでも、探し回る以外に無いのだ。


 ──こんなことなら、真面目に講習くらい受けておくべきだったか。


 少しだけ後悔するも、すでに後の祭り。


 第一、離れ牢など地震や落雷のようなもの。

 危険だとは分かりきっていても、それを常に警戒しながら過ごす奴なんて居ない。


 結局のところ、こうして当事者になってから慌てふためき始める。

 それが人間って生きも──


「ッ!!」


 背骨に伝った悪寒。

 咄嗟、身を翻し、振り返りながらバックステップを踏む。


 喉笛を掠める鋭利な刃先。

 間一髪で死を免れ、から距離を取った俺は、その姿を視界に収めた。


「やっべ……」


 いつの間にやら背後まで迫っていた、一体のヒトガタ。

 石造りの床を足音も立てずに歩くとは芸達者な奴……などと感心してる場合ではない。


〈aaaa〉


 外見を大雑把に説明するなら、等身大の女性型ビスクドール。

 しかし脚先は針のように細く、両腕の肘から先も鋭い剣という攻撃的なフォルム。


 極め付けは、の象徴とでも評すべき特徴、頭上に浮かぶ黒い光輪ヘイロウ

 ネットの画像で何度か見たことのある姿、そのままな風体。


「『下天使エンジェル』……!」


 天使。天獄内を闊歩する怪物たちの総称。

 その中で最も階級の低い、第九位に位置する存在。


 が、だからと言って何の安心材料にもならない。


 最下級、最弱であろうとも天使は天使。

 一般的な成人男性を数倍上回る身体能力と、鉄に匹敵する肉体強度を備えたバケモノ。


 そもそもの話、天使には通常の武器兵器が一切通用しない。

 体表に奇妙な力場を纏っており、そいつが防壁となって銃弾すら跳ね除けるのだ。


 だからこそ離れ牢ここにある筈のを探してたのだが……先に俺が見つかってしまった。


〈aaaa──〉


 鼓膜に障る甲高い発声と共に両腕を振りかぶり、真っ直ぐ突っ込んでくる下天使エンジェル

 速い。一歩踏み出した初速の時点で、俺の全力疾走以上だ。


「ぐっ……」


 右腕の一閃は辛うじて躱すも、左腕の切っ尖が制服ごと脇腹を裂く。


 学ランを太刀筋通りに裁断された。なんて斬れ味。

 幸い傷口はさほど深くないものの、痛みで反射的に身体が強張る。


 その間隙を突くように、追撃の薙ぎ払いが迫ってきた。


「こ、のっ……!」


 どうにか避けると、勢い余ったらしく、盛大に横転する下天使エンジェル


 たまたま足を踏み外したのか、或いは膂力の割に軽すぎる身体が災いしたのか。

 ともあれ好機。九死に一生を拾った思いで、通路へと駆け出す。


〈aaaa──aaaa──〉


 背後で響く高音。あちこちから一斉に聞こえ始める足音。

 仲間を呼んでやがるのか。非力な人間一匹相手に数で来るとか、恥を知れ恥を。


「チィッ……!」


 五つ目の広間。中はがらんどう。

 苛立ち紛れの舌打ちと併せ、左右に分かれた通路を見渡す。


 右からは足音。左に行くしかない。

 後ろからも先程の下天使エンジェルが追ってくる気配。恐らく次の広間あたりで追い付かれる。


「頼むぞ……!」


 数十メートルの通路を駆け抜け、開ける視界。

 今までより広い、体育館ほどもある空間。


 そして。その中心に突き立った、


「──あった!」

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