第5話 弁当

 球技大会当日、僕が体育館でストレッチをしていると片岡に声を掛けられる。彼女の手には紅白のギンガムチェック柄のお弁当袋を持っている。


「お弁当を作ってきたんです。運動をするとお腹が空ききますからね」


 そこまで動く気にはなっていないが彼女なりの優しさなのはわかる。僕が受け取ろうとすると視線を感じる。


「私の幼馴染に何を渡そうとしてるのかしら?」


 近付いてきたのは不機嫌な美月だった。


「お弁当です」


 ハッキリと言う片岡に美月の額には筋が浮いているように見えた。


「残念でした。優也には私が美味しいお弁当を作ったから貴方のは食べられない」


 食べられないことはないが何かを言うと美月に怒られそうなので黙っておく。


「私が作ったお弁当の方が美味しいですよ」


「じゃあ、優也に判断して貰いましょう。優也、良いわよね?」


 どうやら、拒否権はなさそうだ。


「わかったよ。それより今日はお弁当大会ではなくて球技大会だろ」


「あ、そっか」


「忘れてたのかよ。二人も怪我しない程度に頑張れよ」


「優也もしっかりね」


「頑張ってください」


「ああ」





 僕たちのクラスのバスケの試合が始まる。ただの球技大会、それでも誰かに頑張ってと言われればやる気になるのが人間という生き物だ。頑張れの一言でいつも以上の力が出そうな気がしてくる。


 試合が始まってすぐに気づく。僕には、バスケの才能がやはりないのだと。パス回しやドリブル、それを目の前でやられるだけで味方さえ、敵に思えてくる。


 ボールを受け取っても、爆弾ゲームのように多分、味方だろうクラスメイトにすぐパスを出す。


 つまらない。これが僕の正直な気持ちだった。


「頑張れ!」


 体育館のステージの方向から美月の声が聞こえてくる。


 ああ、なんで彼女の声を聞くと僕は走ってしまうのだろう。調教されているのか、それでも良いと思ってしまうほどに僕は彼女が大切なのだろう。


 体育館の床をただの上履きで蹴り上げる。相手のボールを必死に奪おうとする自分がいる。


 掛橋がスティールして僕にパスをくれる。美月との練習を思い出しながら、僕はレイアップシュートを一本決めた。


 ただのボール遊び、そんなことはわかっているのに僕は似合わないほどに時間までコートを走り回り、汗をかいた。


 そして、試合終了の笛が鳴る。


 結果的に僕のクラスは負けてしまった。それでも、なぜか清々しい。スポーツをやる意味がわからなかった僕でも、そんなことを思ってしまった。


 ステージ前で応援してくれた美月の方を見る。彼女は笑っていた。


 ああ、やはり、僕は大引美月が好きだ。


 彼女が死んでしまう未来があるのなら僕には止める義務があるとコートの真ん中で思った。








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