10月31日(水)(36日目)

 世の中はハロウィンと呼ばれる馬鹿みたいな格好が許される祭りが催されていた。都会ではパリピどもが愉快な格好をして一夜限りの逢瀬を楽しんだりしているらしいが、地方都市にある本学では他の日と何ら変わらない。精々お調子者が猫耳カチューシャを付けているぐらいが関の山である。


 ほとんど代わり映えのない風景に安堵する俺がいる一方、都会で見られるセクシーな仮装が見られない悲しさも感じていた。もし麗しの君のセクシーな仮装を見れ「我が生涯に一片の悔い無し」と握り拳を高々と掲げるだろう。


 日常と変わらないハロウィン。それでもいつもと違う何かがあったらいいなと思って講義へ向かい、何事もなく一日分の講義を終える。それはそれで平和で良かったと帰り支度をしていたら、もはや日常になりつつあるお呼び出しがかかった。


 今回のお呼び出しの相手は麗しの君であった。しかし、伝えてきたのはひょっとこである。


 もしかしたら告白的な嬉しいサプライズがあるのではないか。そういう期待を持ちつつも、ひょっとこが関わっているゆえ「そんなわけがなかろう」などと自分に言い聞かせて期待値を下げておいた。


 それは正しかった。


 一時間後、呼び出された大学近くのカフェテリアに向かうと、麗しの君がいた。やはり何故かひょっとこもいた。


 期待を裏切られたが想定内であったため、何も動揺などしていませんと冷静に努めて席についた。


「先輩、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」


 麗しの君の殊勝な態度に免じたという面もなくはない。


 ここはちょっとしたジョークで返すのが相手も悪い気はしないと考えた。


「ここ三日ほど、毎日誰かしら呼び出されたりしてるからもう慣れっこだから気にするな」


 これに気を良くしたのはあろうことにひょっとこである。


「モテモテですなぁ!」


 殺すぞ、と返しておいた。


 それから麗しの君に呼び出した要件を尋ねた。麗しの君は少し気まずそうに頬を指でなぞる。


 可愛らしい仕草だなぁ、と思った。ひょっとこが同席してる時点で告白とかはないのだろうなぁ、とも確信した。


 何が来ても動じないように心の準備をする。あのマッチョに告白された時以上のことはないから安心していた。


 ほどなく麗しの君が覚悟を決めた顔をして言った。


「私たちは妹さんと先輩が付き合えるように協力します」


 動じなかった。動じるほど理解が進まなかったから。


 豆鉄砲を喰らった鳩になった俺を見て、ひょっとこは可笑しそうにニヤける。


「意味分かってないですよ、このニブチンは」


「すいません、先輩。過程を飛ばし過ぎました」


 その過程とは、麗しの君は義妹がブラコンだということに気付き、ならば妹分の気持ちに寄り添い、その気持ちを叶えてあげようということだった。俺の気持ちはガン無視である。


「それじゃあ先輩はあの筋肉の方を選ぶのかい?」


 どうして二者択一になるのか。


 そんな疑問をぶつけたら「もはや学内はどちらを選ぶのかでトトカルチョ始めてるよ。この状況下で他の人を選ぶなんて命知らずな真似は先輩にさせるわけにはいかないから」と頭の痛くなる事実が明るみになった。


 天邪鬼な俺様は「絶対にこの状況から脱してみせる」と奮起した。


 その手始め、麗しの君に「嘘でもいいから俺と付き合ってこの状況をどうにかしてみないか」などとジャブを撃ってみた。苦笑して「嬉しい申し出だけど命知らずになる勇気はないかな」と振られた。


 これで落ち込む俺ではない。嬉しい申し出と言ってくれたのだからチャンスはある。あるはずなのだ! 社交辞令などという弱虫な側面は見ないに限る!


 ゆえに学内の評判や我が命運がどうなろうとも己の道を征くのだ!


 などと日記を前に鼓舞していたら、ふと気付いたことがある。あの場から俺を連れ出したひょっとこ顔の悪魔がトトカルチョに含まれていないことに。


 ひょっとこにメッセージを送って確かめた。


 返事はすぐに来た。


「野郎が野郎を取り合うラブコメなんて誰も見たくないからですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る