10月30日(火)(35日目)

 謎の逃避行を遂げる羽目になってから二日が経過した。かのマッチョは「返事はいつでもいいから!」などと脳内筋肉質的なことを言ってから二日が経過したということになる。


 かのマッチョはいつまででも返事を待つ気概はありそうだ。だが周囲の人間はそうではないらしい。昨日のピアス女よろしくテニス部の男女連中が講義終わりの俺の前に現れ、また何処かへ連れ去られる身となってしまった。


 近くの河川敷まで連れて行かれる最中はリア充っぽい男女に囲まれた。自分も周囲からはリア充と思われていたらいいななどと、これから待つナニカを忘れるため現実逃避してきた。


 ランニングしたり犬の散歩したりする人が多い河川敷で大人数の男女に囲まれる姿はひどく目立った。しかも揃いも揃って鍛え上げられた肉体を持つから殊更である。その真ん中にこれまたひどく貧弱な俺がいることでまるで差し色のように際立っていた。通り過ぎる人は皆こちらを一度目にするが、厄介事だと思ってすぐに視線を逸らしてしまう。


 そんな公開処刑風味に取り囲まれた俺に一人のリーダーっぽい女性が前に出る。髪を後ろに結んだ凛々しい女性であった。飲み会で見たかもしれない顔であった。その人は真剣な顔をして「部長の想いに応えてくれるよね?」と問うてきた。


 まるでこちらに選択肢など存在しないような不遜な物言い。あったとしても不埒なことを考えていないかの確認作業であった。


 そんな気がさらさらない俺は「お断りだけど」と一刀両断。


 そしたら出るわ出るわ不平不満苦情文句抗議どもが。


 それらを雑にまとめるとこうである。


 あの人徳者で男すら惚れる益荒男であるマッチョが一目惚れしたという羨ましい状況だというのに断るとは如何なものか。


 知ったこっちゃあない。こちとら自分の為だけに生きると覚悟してから数年。我儘だなんだと言われようが気にしない。天上天下唯我独尊の間違った解釈で生き抜く所存である。


 また、今にも気付いたのだがこいつらが憧れるマッチョは見た目だけで一目惚れするような軽薄な野郎だというのに。この時、気付いていれば堂々とそれをつついて夢から覚めさせてやったというのに。非常に悔やまれる。


 この時はあまりにも面倒臭くなり「ヤリサーに潜入するような奴が男と結ばれるわけがなかろう!」などと頭の悪いことを叫び、奴らがその勢いにビビった隙に逃げ出してきた。原始的コミュニケーションしか手立てがなかったとは我ながら頭が悪い。


 逃げる途中、俺がテニス部連中に拉致されたと聞いて救助に来たマッチョと鉢合わせしてしまう。頭が悪けりゃ間も悪い。我がことながら笑ってしまいそうになる。


 もうどうにでもなれと「今ならまだ酒のせいで女装野郎に告白するような馬鹿になってたで笑い話にできるぞ」なんて踏み込んでみた。


「男に二言はない。それに俺はあの世界を敵に回そうが一人でも戦い抜く覚悟をした強い目に惚れたんだ。女装していようがいまいが答えは変わらない。……ああ! もちろん女装姿は美しかった! それは断言できる!」


 テニス部連中が言うように男らしさはあるらしい。


 だがその目は節穴であるらしい。


「いや、俺にそういう趣味ないから」


 そう言って帰ろうとしたら後ろから大声が追いつく。


「なら俺が女役でもいい!」


 節穴だけかと思ったら馬鹿でもあるらしい。

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