10月29日(月)(34日目)
この世の地獄を味わってから一晩が経った。
どうしてこうなったと答えの出ない自問をして布団に籠もっていたら朝が来た。とりあえず「俺が美し過ぎたから」という結論を以てリビングデッドの如く布団から這い上がった。
ゾンビかくやと言わんばかりに重い足を引きずり講義室へ向かうと、狩り人よろしく待ち伏せしていた野郎どもに照準を合わせられた。
質問やいじりか雨あられのように飛んでくる。俺はお天道様に顔向けできないことなど何一つしていないというのに追い立てられる。どうやら美しさとはそれだけで罪らしい。そうでなければ潔白な俺様が標的にされるなんておかしいの。腹が立つのは傍らに備えるひょっとこには銃弾の一発も飛ばなかったことだ。我が学友は雑魚狩りしかできない小心者どもの集まりだろう。勇気を振り絞り、格上を狙う勇者的無謀さを発揮して欲しい。その勇気は何故パチスロでしか振り絞れないのか。そして願わくば無様に有り金を溶かせ。
講義は気持ちのいい子守唄だった。何一つ頭に入らず、右から左に流れていった。
ほぼ全ての講義をそんな調子で終え、あとは帰るだけとなったタイミングでそいつは現れた。眠気眼を擦りながら帰り支度をしていた俺の首根っこを捕まえてそいつは言った。
恐ろしい形相をしたピアス女はこう言った。
「ツラ貸しな」
呼び出しである。今どき不良ですらしない決まり文句。
有無を言わさず連れ出された先は人気の少ない廊下であった。そこでピアス女は強い目をして俺を壁に押し付けた。なんとも嬉しくない壁ドンであった。
人の男を盗ったとして殴られるのだろうか。盗る気なんてさらさらない。そもそも人のものになる前のものだろう。だが野郎を野郎に横から搔っ攫われるというあまりにもな心情を思うとこのままサンドバッグになるのが男らしさだと思って覚悟した。
その覚悟は無駄になった。
ピアス女は声を絞り出す。
「……あの人のことはアンタに譲るよ」
耳を疑った。その後に続いた理由を聞いて馬鹿だろうと思う。
なんでも最初はマッチョを奪った俺に裏切られた気持ちになったらしい。そして許さない気持ちにもなったらしい。――自分のメイクの腕が良すぎたのが原因の一つなのに他責はどうかと思うが、あまりにもな心情を慮り、突っつかない――しかし、惚れた相手の本気さを受け止め、思い直してその恋を応援することにしたとのことだった。だいぶ拗らせているようだった。
「だから血の繋がった妹よりも愛してくれる男を選ぶべき」
どうやらあの告白を目の当たりにして脳が破壊されたらしい。そうでもなければ辿り着かない答えを強要しているのだから。あまりにもな心情に遠慮してきた俺であったが一線を越えたので指摘した。
その妹とは血の繋がりがないことを。
そしたらどうだ。覚悟を決めた勇ましい顔立ちがたちまち悲壮感に溢れたもしくは怒りに満ちた顔へと変わる。まるで黒幕にアイアムユアファーザーと言われたか某有名SF映画のように。
「妹に手を出させるよりだったら身を引いた方が良いって思った私の覚悟返しなさいよ!」
そう怒鳴りつけてポカポカと殴りつけてきた。腰が入った良いパンチであった。性差があろうとも、美人過ぎるほどに男らしさが欠如している我が体躯では一発一発が重かった。というかピアス女の方が筋肉量はありそうな威力だった。
それから一通り殴ったピアス女は我に返り、倒れ込む俺に手を差し伸べる。殴り倒したくせに手を差し伸べてくる。いやほんと何様のつもりだろう。
「妹と結ばれるように協力してあげるから、引き続き私の恋路を手伝いなさい」
後者はともかく前者はいらんと答えるとピアス女は心底驚いた表情をする。
「え、男って無条件で妹が大好きなものじゃないの?」
そう思った知識の出所を尋ねる。
「弟が持ってたアダルトビデオだけど?」
こいつ案外面白い女かもしれない。
そう思ったら、その手を取っていた。
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