10月24日(水)(29日目)

 さて記念すべき一ヶ月目である。日記を書き始めて一ヶ月の節目。一昨日あんなことがあったが記念日なのは間違いない。一ヶ月続けたから何かあるわけでもないが、それでも一ヶ月続けたことに意義がある。こういう記念日を大事にする男がモテると聞いたから、これからはそういうスタンスで生きようと思う。


 そういうことにして一ヶ月記念日として惣菜と酒を買い込んだ。飲まなきゃやっていけないのである。憂さ晴らしである。己の胃と肝臓にでも八つ当たりしなければやっていけないのである。ファッキン。


 さて、八つ当たるぞ!


 そう意気込んで缶ビールの蓋を開けた。プシュッと心地の良い音が聞こえた。それに被せるように着信音が鳴り響いた。


 義母の名が携帯のディスプレイに表示されていた。


 我が母君は良くも悪くも人に興味がない御仁である。誰が何をやっていようとも自分には関係ないしというスタンス。けれど人としての営みを育む上での常識や良識は併せ持っている。非常にアンバランスな性格の癖に理性的にバランスを取ろうとしている人物といえる。あえて突き放す言い方をすればバランスが崩れるならば、その原因を切り捨てることに躊躇がない冷淡さも兼ね備えている。


 だから電話に出ることに躊躇した。出た結果どうなるかが全く予想できなかったからだ。一度目は無視した。続けて二度目の着信が掛かってきたので観念して応答する。


 電話口から聞こえる義母の声は平坦なもの。けれど怒りが感じられない声色であった。二つ三つほどの社交辞令的やりとりを交わした後、するっと「お父さんと殴り合いの喧嘩したんだって? 一方的な展開だったみたいだけど」とわざとらしい笑い声とともに切り出された。


「文句を言いたいから電話を寄越したのか?」などとビビり散らかす野生動物の威嚇が如く尋ねた。


 義母は面倒臭そうに「あー怒りたいわけじゃなくてね、どうしてこうなったのか知りたいわけ。流石にお義母さんに泣かれちゃあ放っておくわけにもいかないでしょう?」と問題が起きて監督責任が発生してしまった教師じみたことを言った。元々あるだろうとは言ってはいけない。


「それでコトの発端だけど妹の進路に口出ししたんだって?」


 冤罪である。ゆえに今までの記憶と日記を頼りに自己弁明を頑張った。頑張るうちに一つの文句が言いたくなってくる。


「そもそもあの野郎と妹と喧嘩して家出してきたのがコトの発端だろう」


 こちらの多分に含んだ怒気は義母でも感じ取れたらしく口先だけの謝罪の受けた。あまりの心の込めなさ具合に怒るのも馬鹿らしくなる。


 それでどうしたいんだ、と義母に尋ねた


「良い大学に入ってくれたらあとはもうどうでもいいかな。アイドル始めてもいいし、会社立ち上げてもいい。お父さんがなんて言うか分からないけど天才を育てる義理はそれで果たせるから」


 我が母君は良くも悪くも冷たい人である。そんな奴に我が父君はベタ惚れである。理由は百パーセント見た目。美魔女とかいう奴らしい。実際、義妹と姉妹に見られることがあったりする。魔性とはこういうことを言うのだと幼いながらに思ったのは鮮明に覚えている。正直、魔女と呼んでも差し支えがない。


 そんな魔女に魅入られてしまった父は、魔女にそっくりな義妹に良いところを見せたいがためこんな暴走をしたのだろう。いい迷惑である。


 話を終え、あとは通話を終えるタイミングで義母は軽い調子で訊いてきた。


「まだ朝五時に起きて勉強したり走り込んだり、夜遅くまで勉強するような鉄人生活送ってるの?」


 人に興味がないということは人を理解できないということである。人の理に近いようで遠いのが魔女。その魔女が産んだ子が義妹という化物。それに魅入られた父。ならば俺は立ち向かおうとした騎士であろう。ドン・キホーテにしかなれない半端者の。

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