10月22日(月)(27日目)

 夕方頃、祖母から連絡があった。歓楽街近くに停めた自転車を拾って帰ってきた直後のことだった。なんでも義妹がこちらへ向かっているらしい。何度も講義に潜入している不届き者ゆえに今更だった。ただ問題の核心はそこではなく後に続いたものにあった。


「お父さんもそっちに向かってる」


 十中八九、義妹が志望校を変えた原因が俺だと考えて、糾弾しに来たに違いない。つまるところこの電話は避難勧告であった。


 避難勧告の前によほどやりあったのだろう。その声は疲労が滲んでいた。


 よくもまあ月曜日からご足労したものである。いい迷惑でしかない。ファッキン。


 幸い、自転車は確保した。我が父はこの辺の地理を知らぬ。隠れんぼになれば圧倒的に俺が有利なのは言うまでもない。


 だから祖母と電話をしながら外に出た。


 どこに逃げれば安全かを熟慮する。その結果、学生証がないと入れない大学施設へとペダルを踏み込んだ。そこは主にグループワークで利用する棟であり、自習室もあって多くの学生で賑わっている。卒論提出前には徹夜上等で死屍累々が横たわることで有名なここならば一夜を明かしてもお目溢ししてくれるはずだ。


 ひょっとこの家泊まる手立てもなくはなかったが、義妹とも交流があるアイツは「身柄を引き渡せ!」と迫ったら喜んで差し出すだろう。アイツはそういう奴である。


 残された手立てはここだけであった。


 昨日、散財しなければ満喫といつ手立ても残されていたはずだった。


 ファッキン。


 慌てて逃げてきたため、近くの荷物を適当に纏めて何を持ったかもよくわからない。幸い入っていた課題を一通りこなし、携帯を弄るのにも飽き、何故か紛れ込んでいたこの日記を今したためている。


 しかし、困った。


 もう書くことがない。ここで本日分を終わらせてもいいが、それでは暇つぶしという本懐を遂げることができない。何かお絵描きするにしても五歳児よりも劣る我が絵心では、始めて五分と経たずに見るのも嫌になって投げ出すであろう。不屈の負けず嫌いで義妹と張り合っていた頃でさえ、宝くじで一等当てる方がまだ望みはあると諦めた程であった。ちなみに義妹は小学生の時に県から表彰される程度には才覚があった。


 もう本当に書くことがない。


 声が聞こえた。


 うろつく学生の声に混じって甲高い義妹の声。


 これで今日の分は終えよう。


 明日の俺が逃げ切れ、笑えていることを祈る。


 南無三。

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