10月20日(土)(25日目)

 十時過ぎに空腹で目が覚めた。お腹と背中がくっつくほどではなかったが、放っておくには虫しづらい程度の減り具合。昨日飲んだ酒の気怠さが抜け切れず、飯の準備をするのも億劫であった。


 シャワーで寝汗油汗まみれの身体をサッと洗い流してから、ジャージを纏い、自転車に跨って大学へと向かった。心地よい秋風を浴びて着いた先は我が母校である。だらだらと歩いて目指したのは学食。土曜日でも昼食を準備してくれている貧乏学生の味方。それだけ欠食学生が多いことの裏返しでもある。だいたいは無駄遣いの果ての欠食なので自業自得である。ただ本物の苦学生というのも稀にいる。そういう一を拾い上げるために九も救うという意気込みだと思うと頭が上がらない。まあ、土曜出勤の可哀想な先生方の福利厚生ってことにされてるだけかもしれんが。


 学内はあと約一週間後に控えた学園祭の準備で賑わっていた。あちらこちらで先輩が後輩に檄を飛ばす場面や涼しい所にたむろしてサボる姿が見受けられた。


 特設ステージの資材が駐車場の隅っこに並べられたのを見た時には「あと一週間後に特設ステージで女装するのかぁ」と思うと恥ずかしさのあまり憤死しそうになるが、ひん剥かれたことを思い出せば衣類を纏っていてるだけマシだろうという気分になれた。


 学食で文化的な最低限度の定食で腹を満たし、帰るため自転車を取りに向かっているところで本学を近道として通り抜けているド派手な専門学校生に出会った。ピアス女である。素知らぬ顔をしたかったができなかった。目と目が合ってしまったのだ。さすればポケモンバトルよろしく話し掛けることは必然だった。


 お互いにコミュニケーション能力というものが高くない。しかも、偶発的な出会いであったということもあり、以前着替えた時のような適当な会話の準備もままならない。ぎこちない挨拶を交わし、そのまま去ればいいもののどういうわけか途中まで一緒に歩くことになってしまった。互いに頭上にクエスチョンマークがついているのに気が付きつつも一緒に歩いていた。


 道中あまりに盛り上がらない会話をお互い苦痛に思いつつ進んでいくとテニスコートが脇にある道路に入る。聞き覚えのある声がテニスコートから聞こえた。後輩に檄を飛ばす飲み会にいたマッチョであった。こちらが見ているのを気付いたのかマッチョは近づいて来て、簡単な挨拶を交わして去っていった。マッチョの淀みが一切ない気持ちの良い挨拶と別れっぷりに「これがコミュ強かぁ」と関心した。その流れで、ピアス女とマッチョがひょっとこ経由の知り合いだったことが判明して驚いた。ピアス女も、俺とマッチョが知り合いだったことが意外だったのだろう。目を大きく見開いて俺を見ていた。どこか腹立たしげであった。


 雰囲気を察し、早々に自転車に跨り去ろうとしたがピアス女はそれを許さない。襟回りを掴み、離さない。どういうわけか聞いてみたら、あのマッチョに俺がピアス女よりも気に入られていそうなことが気に入らないらしい。つまるところピアス女なマッチョにホの字とのことだ。


 他人の恋路を邪魔する趣味はないが、首を突っ込む趣味もない。好きにしろというのが俺の見解であるが、ピアス女は事情を知ったのだから協力しろと当たり屋まがいのことを言い始めた。


 無理を通せば道理が引っ込むと思っているコミュ障はこれだから困る。断れるほどのコミュニケーション能力すらない我が身も負けず劣らずであったが。

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