10月18日(木)(23日目)
講義の後、ひょっとこに捕まった。なんでもあのピアス女から衣装を揃えたから合わせに来いと連絡を受けたそうだ。専門学校へ向かうことになったのだが、聞きつけた学友や本当にどこから聞きつけたのか麗しの君まで参戦。麗しの君についてきたらしい義妹まで現れた。コイツら全員俺の女装姿を見たいらしい。見て笑い転げたいのだろう。くたばれ。麗しの君以外。
専門学校で待ち合わせの教室に入るとすぐにピアス女が用意した袋を手渡され、着替えるように言われた。軽く中を覗いてみたら、ウィッグやシリコンでできた胸に、ブラジャーなどが詰め込まれていた。幸い服装自体は中性的でそこまで女性っぽさを前面に出していないのは幸いだった。特に女性用パンツが入ってなかったのが助かった。男性用ボクサーパンツは入っていたが。
また着替えの際はちゃんと更衣室を用意してくれたのはグッドだった。なんでもひん剥き事件を目撃した講師が「無自覚な男子学生が脱ぐことはたまにありましたが、女子生徒が一枚残らずひん剥くことは初めてです」とピアス女の所業を見かねたのか、それとも俺を可哀想に思ったのか、空き部屋を更衣室として用意したらしい。
野郎どもの「この場で脱げよ」ブーイングを受けながら入って着替えようとしたのだが、しれっとピアス女まで入ってきた。
扉の向こうで義妹が「絶対にいやらしいことするつもりだ!」と本気度を感じない悲鳴をあげたりしていたのが聞こえてきたことはしっかり覚えている。腹が立つこともしっかり覚えている。
それはそれとして何故入ってきたのか気になるところであったのでピアス女に尋ねてみた。大量のピアスに似つかわしい尖った答えをどこかで期待していたが「ブラジャーの付け方わかんの?」とチェリーに出来るわけ無いだろうと見透かされていた。
着替えの間、部屋に二人きり。じっとこちらを見て視線を外さないピアス女の圧に耐え切れず世間話を始めた。とりあえず無難なところからと考えて専門学校に入った理由から入ってみた。地雷だった。
なんでも親がデザイナーで、自身も通った専門学校に入れられたそうだ。本人は美大に通いたかったらしい。衣装を作ること自体は好きらしかったので一応は通い続けているとのこと。進路周りの話はマズイと経験談から理解して、微妙に話を変えて軟着陸を図った。
「好きなことがあるのは羨ましいな。俺なんてやりたいことすらないから」
それが不味かった。
ピアス女は低い地声をさらに落とす。
「みんな好きなことやれて羨ましいとか無責任に言うけどさ好きで生きていくのは厳しいし、否が応でも好きなことが自分のことを好きじゃないって思い知らされる。呪縛だよ、これは。私からしたら好きなことがない人の方が何にも悩まず楽しく生きられそうで羨ましい」
死んだ目をされた。
こんな重い話をブラのホックをつけられながら聞いてる男なんて、人類史上俺ぐらいなものだろう。こればかりはソクラテスだって解除していない実績だ。ちなみにその後、胸にシリコンを詰められている間も散々愚痴られ続けたのは言うまでもあるまい。
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