ブラックベリーシンドローム

クロノヒョウ

第1話





 朝登校すると、何やら教室がざわざわしていた。

「お、佐山、おはよう」

「おはよう。何? 何かあったの?」

 俺が聞くとみんな嬉しそうな顔をしていた。

「ついに近藤が見つけたんだってよ! ブラックベリーの実を!」

「はあ!? マジかよ近藤!」

 近藤は俺の顔を見るとにやりと笑みを浮かべ親指を立てて前へと突き出した。

 野生のブラックベリーの実を食べて告白すると恋がみのる。

 最近俺らの中学校で話題になっている噂だ。きっかけは三年の男の先輩がブラックベリーの実を食べて告白したらオッケーをもらったということだった。それからというものそれを真似してブラックベリーを食べた後に告白する者たちが次々と現れだしたのだ。必ず恋が叶うと噂が広まり、誰がつけたのかブラックベリーシンドロームと呼ばれるようになっていた。

「まさか近藤、お前」

「ああ、そのまさかだってよ」

「ブラックベリーを食べてから告白してオッケーもらえた」

 得意気に話す近藤は幸せそうだった。

「マジか! おめでとう!」

「ありがとう。みんなも早くブラックベリー見つけなよ」

「おう」

 ただの噂だと思っていた俺も、近藤の顔を見ているとそうも言っていられなくなっていた。

 俺はすぐに頭の中に佐々本さんの顔を思い浮かべていた。

 俺の好きな人だ。

 一年生の時から同じクラスで、好きになったきっかけは優しくて笑顔がかわいいところ。出席番号が同じで日直がくるのが楽しみな日々だ。二人で放課後に日誌を書くあの時間。佐々本さんと二人きりになれるあの時間が俺の至福の時なのだ。

「よし、俺も絶対見つけてやる」

「おう、佐山もがんばれよ」

 この噂には尾ひれがついていて、ブラックベリーの場所は人に聞いてはいけないし、見つけてもその場所は決して人には教えてはならないとのことだった。だから自力で見つけるしかなく、みんな学校帰りに必死になって探しているのだ。

 近藤たちが見つけられたのなら俺だってすぐに見つけられるはず。そう思いながら毎日探していたが、見つからないままいつの間にかもうすぐ夏休みに入ろうという時期になっていた。

 なんとか夏休み前に佐々本さんに告白したい。しかも今日は一学期最後の日直当番だ。二人きりになれる最後のチャンスなのに。

「行ってきます」

 そんなことを考えながら朝、家を出ようと玄関のドアを開けた。

「ん?」

 その時、母が趣味でやっているガーデニングの花壇に目が止まった。

「嘘だろっ」

 花壇の横に見慣れない茂みができていた。よく見ると小さくて真っ赤な実がたくさんなっているではないか。すぐに近づいてみた。これはブラックベリーではないだろうか。熟す前は赤いと書いてあったし小さな粒もある。俺はドキドキしながらその赤い実をもぎ採って口に入れた。

「酸っぱ!」

 想像よりも酸っぱかったけれど、これで佐々本さんに告白できると思うと嬉しくてたまらなかった。俺は保険にともう一つ実を採ってポケットに入れてから学校へと走った。

 その日は一日中そわそわして落ち着かなかった。放課後まであっという間だった。みんなが帰った後の教室、俺の隣で佐々本さんが日誌を書いている。

「ねえ、佐々本さん」

「ん?」

 佐々本さんが顔を上げて俺を見た。

「あ、えっとさ」

 俺は思い出したかのようにポケットからブラックベリーを取り出して口に入れた。食べたのは朝だから効果が失くなっていては困る。

「なに?」

 佐々本さんが俺を見て笑っている。

「あのさ」

 俺の心臓がうるさかった。

「お、俺さ、佐々本さんのこと、好きなんだけど」

「えっ」

「俺と付き合ってください!」

 俺はなぜか立ち上がって佐々本さんに頭を下げていた。

「はい」

「え?」

 今、はいって言ったよな?

「私も、佐山くんのこといいなって思ってた」

「ほ、本当に!?」

「うん、よろしくお願いします」

「ああ~、よかったぁ~」

 緊張がとけた俺は椅子に座って机に倒れこんだ。

「マジか、すげえな」

「あは、ブラックベリー?」

「うん」

「佐山くん、それ信じてたんだ」

「うん。すっげえ探した。で、今日見つけたから、思いきって告白した」

「佐山くん、それ、ブラックベリーじゃないよ」

「はぁ!?」

 顔を上げると佐々本さんは楽しそうに笑っていた。

「さっきの赤い実はラズベリー」

「ら、ラズベリー?」

「うん」

「えっ、じゃあ……」

「ブラックベリーは必要なかったね」

「……は、はは、そう、か」

「あははっ」

 なんだか騙された気分がしていたが、佐々本さんと付き合えるのだからよしとしよう。

「私が思うには……」

 ブラックベリーを食べて告白すると恋がみのるというのはたまたまで、勇気をだして告白すれば恋はみのるものではないかと佐々本さんは言った。

 確かにそうかもしれない。想いは言葉にしないとちゃんと伝わらないものだ。

 俺にも勇気をくれたブラックベリーシンドローム。間違ってラズベリーを食べたことは、みんなには黙っていよう。みんなにも、もっと勇気をだしてもらいたいから。



          完





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラックベリーシンドローム クロノヒョウ @kurono-hyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ