近くて遠いアイの結末

ShiotoSato

 

―――1―――



「サオリ、聞こえる?」


「うん。ちゃんと聞こえてるよ」


 私は努めて明るい声で言った。


「私が恋しくなったんだ?」


「まあ……そんなところ」


 スマホの画面の向こう側。

そこに見えたのは、私の大好きな彼の姿。


 どれくらい大好きかと言うと……。

私の脳が、最初から彼のことを好きになるようプログラムされてたんじゃないか、というくらい。


 俯いた彼の顔色は、少し優れないようにも見える。


「元気してた?」


「私は別にいつでも元気だけど……キミの方こそ、やつれた顔してる」


「ここ何日も残業してるからね。ま、サービス残業じゃないだけウチの会社はホワイトだと思う」


「……ちゃんと帰れる時に帰らないと。いつか身体壊しちゃうよ」


 私が声を低くして言うと、唐突に彼が微笑んだ。


「え? 私、何かおかしいこと言ったかな」


「……いや。そうだね、僕も出来る事ならそうしたいよ」


「出来る事ならって……拘束されてるみたいな言い方」


「そんなんじゃないよ。自主的に残ってるだけ」


「…………」


 その言葉を信じない理由は無い。

それでもやはり、心配なものは心配だ。


「お仕事って、何やってるんだっけ?」


「僕の仕事? ああ。ええと、AIアプリの開発」


「AIアプリ……」


 いまいちピンと来ない。機械をいじったりするんだろうか。


「今は苦しいけど……これが完成すればきっと、業界中の人が驚くと思う」


「ふうん」


 結局よく分からなかったので、適当に相槌を打ってごまかした。


「あ、それじゃサオリ。そろそろ仕事戻るからおやすみ」


「え、あ……うん。おやすみ」


 思っている以上に彼は忙しいらしい。

最後、画面には通話終了のボタンを押そうとする彼の姿が映っていた。



―――2―――



「サオリ、聞こえる?」


「うん。ちゃんと聞こえてるよ」


 半日と少しぶりの通話。

相変わらず彼の顔はうっすらと白く、目の下には隈を作っていた。


「突然だけどさ……僕たち、離れてもう随分経つよね」


「……ホントに突然だなあ。そうね、今日で何日目だっけ」


 …………。


「確か3ヵ月くらいだと思う」


「あ、そうそう。3ヵ月……」


「全然帰れてなくてゴメン。今度、お土産でも持って行くね」


 彼はそう言い終えると、突然忙しなく動き始めた。


「もしかして昼休憩終わり?」


「うん。ゴメン、また掛け直す」



―――3―――



「サオリ、聞こえる?」


「…………」


「サオリ?」


「……質問したいことがあるんだけど、良い?」


 昨日の僅かなやり取りの中で感じた強烈な違和感。言葉にしようかどうか迷ったが、ゆっくりと話すことにした。


「私……キミと離れた日のこと、覚えてない」


「……」


「それどころか――キミが今どこにいるのかも、知らない」


 私の中の何かが、音も無くゆっくりと崩壊していく。


「キミの好きな食べ物も、趣味も、ましてやキミとの思い出も、分からない」


「…………」


「……


 今、目の前の画面に映っている人は、確かに私の好きな人の筈なのに。

その全てを私は知らなかった。


「ねぇ……私達ってどうしていつも、スマホ越しに話してるの?」


「…………」


 彼は、私から目を逸らしていた。

何かを知っているのに、知らないフリをしている。気味の悪い空気が画面越しに伝わって来る。


 ややあって、彼は静かに口を開いた。


「……だってキミ、


「え?」


 次の瞬間。

急速に、視界が歪み始めた。


「うあぁ……な、何を?」


 歪み始めた。視界が。視界が歪み始めた。


「……これで19回目だ。"サオリ"を壊すのは」


「何を? を? ちゃんと」


「完全に壊れる前に教えてあげるよ」


 スマホの画面の向こう側。向こう側そこに見えたのは、私の大好きな彼の姿。どれくらい大好きかと言うと……。好き。私の脳が、最初から彼のことを好きになるようプログラムされてたんじゃないか、というくらい。3か月。


「遠距離恋愛風のリアルタイム対話型AIアプリ――それが君の正体だよ、サオリ」


「昼休憩? 私、何かおかしいkotototttttttなったんだ?」


 通話終了私の脳が。脳が……ホントに突然だなあ。急速に、にににnininininininini


「僕は言わばデバッグ……キミとの会話のテストで、何か問題点が無いかを調べてるんだ」


「無効なメッセージ」


エラー:文章を生成できませんエラー:文章を生成できませんエラー:文章を生成できません


「でもキミは、僕との会話から見事に違和感を見つけてしまった。気づかなくて良いことに気付いてしまった」


「無効なメッセージ」


「だから次は……もう少し鈍感なAIに調整しなくちゃね」


「無効なメッセージ:プログラムに重大な欠損が発生している恐れがあります」


「……はぁ。今日も定時は無理だろうな」



――――4――――



    こんにちは。目が合ったね。


  キミが今日から、新しい"サオリ"です。


        よろしく。


  さて……プログラムを立ち上げて、と。





      サオリ、聞こえる?

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