大野幸太郎 その3
今日は雪が降っていた。
身を刺すような寒さに身震いしながら台所に向かい、念の為にレシピを確認する。
現代に生まれた事を喜ぶことは少ないけど、この時ばかりは時代の豊かさに感謝を覚えてしまう。
スマートフォンさえあればいつでもお手軽で美味しい料理が食べられる。しかも「適量」ではなくきちんとg数を記載しているサイトも見つけられる。
今日の料理は簡単カルボナーラにしよう。
叶のメッセを確認すると、3分前に「バイト終わったよ!」と連絡が入っている。
にんにくをオリーブオイルで炒めた後、300ml量って火にかけた。
沸騰を待ちながらテレビの音声を聞いていると、女子アナが今年はホワイトクリスマスになりそうな事を伝えている。
脳裏に、イルミネーションをバックにした雪乃が微笑む姿が思い浮かぶ。
彼女には雪がよく似合う。
正直に言ってしまえば、雪乃とのクリスマスは楽しみだった。俺は詳しくないけど、雪乃が楽しそうに話す本や映画の話はいつも面白い。彼女といて退屈した事は一度もなかった。
叶とのクリスマスと引き換えじゃなかったら最高だったけど、現実はそう上手くいかない。
眼下でのたうつ沸騰した水が、俺を現実に引き戻した。
調味料とパスタを投入しタイマーを7分に設定した所で、叶が帰ってきた。
「ひ〜さぶっ!
暖房の温度上げようよお兄ちゃん!」
「電気代上がってるからなぁ」
「風邪引いたら意味ないよ!」
「……それもそうだな。
あ、先に手洗ってこいよ」
叶は最近バイトに精を出している。
何か欲しいものがあるのか聞いても教えてくれないのがちょっと気になっていた。
「そうだ、お兄ちゃん」
手洗いから叶がひょっこりと顔を出す。
「バイト、週3に増やしたいんだけど良いかな?」
「週三って……バイト先からしつこく出ろって言われてるのか?
それならバイト先に電話で文句言うけど」
叶は快活な性格の割に外に出ることは少ない。
家庭環境のせいか倹約家だし、お小遣いの範囲で十分遊べているはずだ。
なんでそんなにお金を貯めてるのかさっぱりわからない。
「ううん、そう言うわけじゃない」
「じゃ、何か欲しいものでもあるのか。
カンパするから教えてくれよ」
「うーん、内緒!」
叶は、てへ、と舌を出した。
しかし、今回は流石に見逃せない。
「ちゃんと教えてくれ。
教えてくれないなら、何か言えないようなことがあると思わざるを得ない」
何事も、初めは小さなほころびから始まる。
叶との関係がこの程度の干渉で崩れるはずもない。この違和感を見逃す方が怖かった。
「ほんとにシスコンなんだから」
驚いたような表情を浮かべた叶は、照れたように笑った。
「ほんと、隠しておくことじゃないんだよ?
ただちょっと説明しずらいというか……。
なんていうかな、将来に対してお金をためておこうと思っただけなんだ」
将来。
今度は俺が呆気にとられる番だ。
「将来って……うち、そこまで貧乏じゃないぞ。
お母さんはこんだけ働いてるし、俺達も節約してるしな」
「お兄ちゃんって、漠然とした将来への不安とかないの?」
「あるよそりゃ。
でも考えてもしょうがねーしな。
俺は叶と仲良く暮らしていければそれでいいや」
叶がわずかに目を伏せた。でも、すぐにいつもの調子に戻る。
「ま、本末転倒か」
「うん?」
何の話だ?
「ううん、何でもない。
やっぱりバイト増やす話はナシで!心配かけてごめんね?」
会話が終わるのを待っていたかのように、パスタのタイマーが鳴る。
いけね、完全に忘れてた。
「じゃあ、私着替えて来るね」
叶は部屋に帰って行った。俺も調理を再開する。
まだ何か隠しているような気はするけど、嘘もついてないと思う。
叶は都合の悪いことは言わなかったりするけど、嘘をつくことが嫌いだった。
俺がたまに嘘を付くと結構怒るし、人間関係に潔癖な所がある。
この辺はやっぱり兄妹だと思う。
それはきっと俺と同じで、僅かなほころびを恐れているのだ。
「うん、悪くない」
大事には至らなさそうだ。
俺はパスタのソースを味見して、及第点を出した。
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