松下雪乃 その1

 私は友達が少ない。

 私はみんなの速度についていけないから。

 私を待ってくれる人じゃないと、私は隣を歩けない。

「幸太郎君は、いらいらしないの?」

 昔、本人に聞いたことがある。

 彼は首を傾げて「何に?」とだけ答えた。

 それにどれだけ救われたかなんて話をしても、きっと彼は同じことを言うだろうけど。

 私が彼を好きになったのはその時からだった。


 りのちゃんは「男なんて単純よ!」って言うけど、幸太郎君を見てるとそうは思えない。

 いつも彼はどこかに心を置いていた。

 だから私ののんびりした時間も許してくれたのかな。

 もしかしたら、気が付かなかっただけなのかも。

 どちらが真相にせよ、私はどんどん幸太郎君に惹かれていった。

 初めての異性の友達、初めての読書仲間、初めて隣町まで遊びに行った友達。一人では踏み出せないとき、幸太郎君はいつもそこに居てくれる。

 私がそれ以上を求めなければ、この輝きがくすむこともなかった。

 だけど私は、その光を独占しようとした。抱え込んだら影が差すという事にも気が付かない私は、年相応の子供だった。

「好きです!幸太郎君!」

 小学校五年生の時、告白した私を幸太郎君はいつもと変わらない様子で受け止めてくれた。

 誠実そのものだった。好きな人まで教えてくれた。

 でも、その名前を受け入れるには、私はあまりにも幼かった。

「叶が好きだから。雪乃とは付き合えない」

 意味が分からなかった。

 率直に言ってしまえば、私が感じたのは恐怖だった。

 この人を普通に戻さないといけない。使命感で振りかざした糾弾がどれほど彼を……彼等を傷付けるかなんて考えもしなかった。

 なにを言ったかは覚えていない。

 とにかく、彼がどれだけ異常でいけない事をしているのかわかってもらおうとした。

 その報いは今でも受けている。

 二人から時折向けられる苦痛と恐怖心の籠った眼差しが物語っている。

 私が打ち込んだ十字架は、二人を決定的に変えてしまった。

 あの輝きは、きっと二人きりの世界にあったものなのだ。


 微睡ながら、私はスマホの画面を何度も更新する。

 メッセージは来ない。

「……忙しいのかな」

 一人で呟いてみる。返事は帰ってこないし既読も付かない。

 「はぁ」

 自然とため息が漏れてしまう。

 あの告白以来、たしかに二人の距離は遠くなって、私の入り込む隙間が生まれた。

 だけどそれは、離れた恋が想いを強固にするように、二人の思いを決定的なものに育ててしまったのではないだろうか。

 殺風景な部屋にタップ音だけが転がる。

 もう、やだな。

 恋の喜びはもう思い出せなくなっていた。

 カレンダーを見る。12月25日に付けられた赤い花丸は、今の所意味を持たずに咲いている。

 もう、いっか。

 私はペンの蓋を外して、花丸を潰そうとする。

 でも、できない。行き先を無くしたペンは彷徨う。

 気が付けば、ペンは明日に「クリスマスに誘う」と書き込んでいた。

「はは……」

 理性と恋心に両側から引っ張られ、私はゆっくりと身を引き裂かれる。

どれだけ辛くても、私はもう幸太郎君から逃れられないのかもしれない。

 ダメだったとしても、ずっと好きなんだろうな。

 私はスマホの電源を落として、枕に顔をうずめる。

 目元が濡れて冷たかったことには、気が付かないふりをした。


 翌日のお昼休み、私は隣のクラスの幸太郎君の元に向かった。

 彼は既に教室に居ない。

「あ、幸太郎の彼女さんじゃん!さっきアイツ出てったよ~」

 私は思わず顔を赤くした。

 私が毎日幸太郎君を家まで迎えに行っている事は、2年生の間では相当有名な話になっているらしい。当然の流れで、私は幸太郎君の彼女だという事になっていた。

 実際は付き合ってすらいないんだけどな。

 クラスメイトの人にお礼を言って、私は教室を出た。迷わず漫研の部室に向かう。

 叶ちゃんが高校生になってからという者、二人は毎日漫研の部室でご飯を食べている。去年までは、私と一緒にご飯を食べてくれてたのに。

 でも、それは分かっていたことだから良いんだ。

 問題は、今日の話を叶ちゃんに聞かせなきゃいけない事。

恋敵の私と幸太郎君の距離をむしろ取り持ってくれている彼女は大切な友人だ。

 あの子はきっと傷付くと思う。場合によっては巻き込まざるを得なくなる。

 私は殆ど通知の来ることのないスマホを取り出す。

『聞きたいことがあるんだけど、今どこにいるの?』

 いつも通り、既読はつかない。

『大切な用事です。二人きりで話せないかな』

 ちょっと抵抗してみる。

 やっぱり既読はつかなかった。

 幸太郎君のメッセージの既読をONにして、毎日確認している私とはまるで正反対だ。

 ごめんね、叶ちゃん。

 心のなかで謝ると、私は二人がいるであろう漫研の部室に向かった。


 二人はやっぱり漫研の部室でご飯を食べていた。

 幸太郎君は私のメッセの通知を切っていたらしい。昨日の私が馬鹿らしく思えてしまう。

 負けるな、私。

 ぐっと踏ん張って幸太郎君の顔を見つめると、幸太郎君はたじろいだ。

「幸太郎君、クリスマスなんだけどね。

 私と、デートしてほしいの」

 幸太郎君は心苦しそうに目を逸らす。

「ごめん。先に叶と約束しちゃってるから」

 でも、ここまでは予想通り。勝負はここから。

「じゃあ、叶ちゃん。

 お願い、クリスマスの日だけ幸太郎君を貸して欲しいの」

 自分でも勝手だって分かってる。でも、私が勝つとすればここしかない。

「……なんで?」

 叶ちゃんは、返事を返してしまった。だから私は畳みかける。

「私達、もう二年生なんだよ。

 来年のクリスマスなんて、私達にはもうない。

 今回だけは引けないの」

 どれだけ情けなくってもいいから、私は幸太郎君と話さないといけない。

 このまま離れていかないで。

「お願いします、私に時間をください」

 罪悪感を振り切るために、私は勢い良く頭を下げた。

「9時まで。

 ……9時までなら、良いよ」

 やったっ!

 喜びと罪悪感が雪崩れ込んでくる。

「じゃあ、25日はよろしくね。幸太郎君」

 私は顔を見せないように、急いで部室を後にした。

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