松下雪乃 その4

 私の言葉に幸太郎君は目を伏せた。

 私達はのらりくらりとやって来た。ひょっとすると幸太郎君と叶ちゃんもそうなのかもしれない。

 遠回しな行為と、遠回しな拒絶を許容すれば私達はそのままでいられた。

 でも、それは多分緩やかな滅びでしかないんだ。

「ねぇ、幸太郎君。今日はどうだったかな。

 幸せだった?」

 ツリーの光が、幸太郎君を淡く照らしている。

「……ずっとこんな時間が続けばいいよな」

 幸太郎君は少し迷った後、頷いた。

「幸太郎君は、きっと叶ちゃんと一緒じゃないと幸せになれないと思ってるんだよね。

 ……でも、そんな事ないよ。

 私が幸太郎君を幸せにしてみせる。今日みたいな時間をずっと続けてみせる!」

 柄でもない、恥ずかしくて精一杯の言葉を私は叫ぶ。

「私は幸太郎君が好き!世界の誰よりも、叶ちゃんよりも幸太郎君のことが好きだもん!

 一緒にいて幸太郎君よりも楽しいと思える人なんていないもん!」

 十数年ぶりの告白は、きれいなものではなかった。ひょっとすると前よりひどいかも。

 めったに大声を出さない喉が掠れる。

 私は最後の言葉を振り絞った。

「好きです!付き合ってください!」

 遠くでクリスマスソングが流れていた。

 私の心臓の音がそれをかき消す。

 幸太郎君は、伏せていた目をこちらに向けた。決意が見える表情に、私は幸太郎君が何を言おうとしているのかをなんとなく察していた。

「ごめん、俺好きな人いるから」

 前の告白と同じ断り方だった。

「叶ちゃん、なんだよね」

 幸太郎君は頷いた。

 ただ、前と違ったのは、幸太郎君が不安げな表情を浮かべている事だ。

「変だと思うか」

 思うよ。

 おかしいって思う。

 ……だけど。

「私がなんて言っても、叶ちゃんを選ぶんでしょ」

 幸太郎君は、叶ちゃんと一緒でないと幸せにはなれないと思い込んでいた。初恋の相手なんだから仕方ないと思う。

 だから、私はその前提を崩した。

 私と叶ちゃんの立場は同じ。

 その上で彼は叶ちゃんを選んだのだ。

「雪乃のいうとおり、俺は雪乃と一緒に居る時も楽しいし、幸せだなって思ってたよ。

 自分でもびっくりしてるけど、俺は叶とじゃなくっても、雪乃となら幸せを感じられる。

 ……だけど、やっぱ俺叶が好きだよ」

 幸太郎君は過去を思い出したのか、僅かに怯んだように見えた。

 だけどそこで言葉は止めない。

「俺は叶が好きだ、だから雪乃とは付き合えない」

 遂に、終わりが訪れた。

 分かっていたことだった。


 ――好きなのは、最初から私だけなんだ。


 もう万が一は通じない。言い訳の余地は残らない。

 浦和君もこんな気持ちだったのかな。

「そっか」

 喉の奥から熱い何かがせり上がってくる。

 だけどぐっと耐える、まだ泣くわけにはいかない。

 わたしには最後の仕事が残っている。幸太郎君を好きな女の子としてでは無く、幸太郎君の幸せを願う友達として伝えなきゃいけない。

 そうだよね、浦和君。

「分かった。ここからは友達だね」

 これからもずっと好きだけど。

「私ね、頑張るよ。

 今日のこの日を、いい思い出だったねって何時か話せるようになるよ。

 だから……だからっ」

 今はまだ痛くて苦しいけど。

「その時の話は、ちゃんと幸太郎君が聞いて!

 わたしと!ちゃんとここに居てっ……。

 どこかに消えたりしないって言って!それなら私、頑張れるからぁ……っ」

 前がかすんで見えない。

 でも、まだ涙は零れていない。

 幸太郎君は息を飲んで、暫く黙っていた。

 気が付けば雲は晴れ、雪は止んでいる。輝く星だけが私達を見守っていた。

「分かった、約束する。

 ……ありがとな、雪乃」

 それが限界だった。

 私は幸太郎君に背を向けて走り出した。みっともなく声を上げて、涙でぐずぐずになりながら進む。

 これで良かったんだよね?

 わかんないよそんなのっ!

 頭の中が騒がしかった。私は足がもつれてすっころぶ。

 雪が私を優しく受け止めた。

「っ~!」

 私は全身の力を使い果たしたみたいに動けなかった。

 雪に感覚が溶けていく。

 このまま、寝ちゃおっかな。

 普段なら馬鹿げていると一蹴できるその思考を今日は振り払えそうにもなく――


「……あの~、雪乃さん。

 声かけるのもどうかと思ったんだけど、大丈夫か?」

 

 色んな意味でぐちょぐちょになった私に、幸太郎君が声をかけた。

「なっ!なんで追いかけてきてるのっ!?」

 私は雪の中から飛び起きる。

「だ、だってさ!俺も今は一人にした方が良いと思った矢先に転ぶんだもん!

 しかもそのまま動かなくなるし!普通に心配になるだろ!」

「やだぁっ、今顔ぐちゃぐちゃなのにっ!

 馬鹿!酷い!なんでこんなことするのぉっ!」

「お、俺は悪いことしてないはずだぞ!わっ、やめろ!雪投げんな!」

 気が付けば、私達は涙や雪でびちょびちょになりながら雪を投げ合っていた。

 私はいつの間にか笑顔を浮かべている、それにつられて幸太郎君も笑顔になる。

 と過ごす聖夜も悪くはない、今はそう思えた。

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