大野幸太郎 その6

 映画は、いつものように主人公が復讐を成功させて行き場のない未来へ去っていくところで終わる。続編を作ろうと思えば作れるような煮え切らなさが残っていた。

 しかし、そこに文句をつける気はない。

 一つの劇的な物語が終わったとしても、人生は続いていくものなのだ。

 スタッフロールを見届けた後、俺と雪乃は席を立つ。

 雪乃が俺の手に重ねていた手を、終幕と共に跳ねるように外した事には気が付かないふりをした。


 映画館から出ると、ようやく余韻も落ち着いて話したい事かぽつぽつと浮かび上がってきた。

「結構良かったな。

 3はガンアクションよりアクションが強かったから今作のほうが好みかも」

「今までの味方が敵なのもあって2みたいなプロとしての冷徹さも良かったよね……!」

「まぁ、やっぱ主演の年は感じたけどな」

「激闘って感じがして疲れてるのも味があるからいいの!

 そういえば、今回はすごい派手な銃があったけどあれって現実にもあるのかなぁ」

「銃ってか弾な。あれはドラゴンブレス弾って言って、着火する散弾なんだとか。

 対応してる散弾銃ならどんな安物でも使える」

「そうなんだ!

 幸太郎君、やっぱり物知りだね」

「SNSの受け売りだけどな」

「そ、そういう素直なところもいいと思う」

 フォローどうも。

 映画の感想を好き勝手に話しながら、俺たちは近くの喫茶店に入る。

 最近このデパートに入った店だが、近世ヨーロッパ風の店内やメイドを模した制服が話題となり店内は客でごった返している。

 予約を取っていたらしい雪乃を店員がすぐに案内し、高速で冷水とおしぼりを配って去っていく。

 相当忙しいらしい、目が血走っていた。

「客入り凄いな」

「いつもはもう少し空いてるんだけどね。

 その……これ目当ての人も多いと思う」

 雪乃はメニューの中から1枚取り出して、俺に寄越す。

「カップル限定ケーキセット! 600円」の文字が金色のフォントと共に踊っていた。

「これが目当てか」

 俺は思わず笑った。

 食い意地の張ってる叶ならともかく、雪乃がケーキのために偽装カップルを提案するなんてのは意外だった。

「そう、私達今日だけはカップルだから」

 微妙なニュアンスだ。

 でも、俺が探りを入れる前に雪乃は注文を始めてしまった。

 まぁ良いか、今日は雪乃の好きなようにしてもらうと決めてるんだし。

「レアチーズの中にストロベリーソースが入ってるのか。

 あのサイズで600円は安いな……」

 他のテーブルを覗き見ると、そこそこの大きさのハートのケーキが鎮座していた。

 SNS映えもする為か、店内ではシャッター音があちこちで鳴っている。

「お待たせしました。

 カップル限定ケーキセットです。楽しい聖夜になりますように!」

 疲労の為だろう。貼りついたような笑顔を浮かべた店員がケーキとドリンクを机の上に並べて去って行った。

 あんな状態でも笑顔を崩さないのはさすがプロと言った所か。

「うわぁ、おいしそう……!どうやって食べよっか」

 うっとりとした様子で雪乃がはやし立てて来る。

「ヘイ彼女、彼氏的にはハートを真っ二つにはしたくないな」

 俺の言葉に雪乃も乗っかる。

「はい!彼氏くん!端っこから食べるのがいいと思います!」

 雪乃にしては珍しいノリだった。多分明日に今日の話題を出したら超照れると思う。

「それだ、真ん中まで少しづつ切り分けて食べようぜ」

 俺達はケーキの端っこを切り落とす。途端にケーキの中からストロベリーソースが流れてきた。ケーキに絡めながら口に入れると、少し暖かいストロベリーソースと生クリームががっちりかみ合って唾液の分泌を促進してくる。

「うまい!」

「ん~!美味しい!」

 視覚的にも、味覚的にも楽しい一品だ。

 俺達は雑談も忘れてケーキを頬張る。気が付けば、ケーキは中心線を挟んでギリギリ自立している状態になっていた。

「……色気よりも食い気が勝っちゃった」

「もうちょっと会話とか挟むべきだったか」

 周囲のカップルはケーキもそこそこに会話を楽しんだり、ケーキそっちのけで見つめ合ったりしているというのに。なんだか自分達が俗な人間に思えて来たぞ。

 あぁっ、店員たちが「カップルっぽいことしないなら早くどきな」とでも言いたげな視線をこちらに向けている!?

 カップルっぽいことをしなければこの空間に留まる資格がないような気がする。

 周囲の桃色ムードにこのままでは押し潰されてしまう……!

 意識すると悪乗りも難しい、俺の思考は撤退に傾き始める。

 しかし、今日の雪乃は一味違った。

「幸太郎君!まだ終わってないよ!」

 雪乃はペラペラになったケーキをスプーンの上に載せて、声を絞り出す。

「あ、あ~ん!」

 周囲からどよめきが起こった。

 恋人にケーキを食べさせるという事は、目に見える分ただのイチャイチャとは違うのだ。

 ケーキが俺の口の前で止まる。

 周囲からの目線もあり、俺はつばを飲み込んだ。

 雪乃の顔はストロベリーソースよりも赤くなっている。

照れすぎてうっ血してるみたいになってんぞ……!?

ただ、雪乃の様子を見て俺も覚悟を決めた。任せな相棒。

「あむっ」

 ケーキを一口で頬張ると、味わって食べてから一言。

「食べさせてもらったからかな、もっと美味しく感じるよ」

 周囲に電撃が走った様な衝撃が流れた。

 周りのカップル、特に男性たちは、フォークで「あ~ん」の準備を始めた彼女に向ける歯の浮いた言葉を必死で考え始めていた。

「勝ったな……」

「うん……」

 俺は急上昇した体温を下げるためにお冷を飲みまくり、雪乃はお冷の入ったグラスを額に当てる奇行に走っている。

 俺たちのダメージは大きかった。


しばらく取り留めもない事を話した後、俺たちは喫茶店を後にした。

 デパートを抜けると、外は一面の銀世界。積もった雪が大地を覆い隠している。

 空を舞う粉雪が、体の熱を急激に奪っていった。

「帰るか」

「うん」

 寒さのせいだろうか、帰りは自然と二人で腕を組んでいた。

「今日は楽しかったね」

「だな。

 雪乃も受験で大変だと思うけど、今日みたいな息抜きもしなきゃダメだぞ」

「……他人事みたいに言ってるけど、幸太郎君も来年受験生だよ?」

 俺は頬をかいた。

「大学ねぇ、あんまり興味ないんだよな」

 だって、大学行ったって叶との時間が保証されるわけでもないし。

「私は、幸太郎君と大学行けたら嬉しいけど。遊べる時間たくさん作れるよ」

 なるほど。そう考えると悪くないかもしれない。

 母さんはどうせ大学に行けと言うんだろうし。

「そう考えるとちょっとやる気出てくるな。

 今度勉強教えてくれよ」

「ほんと!?それじゃあ今度放課後に英語勉強しようよ!」

「……数学にしない?」

「得意科目やっても意味ないよ」

 俺は幼馴染に成績までしっかり把握されているのだった。

 

 気がつけば、俺たちはデパート前に来ていた。

 辺り一帯にイルミネーションが広がり、中心には黄金の光を纏うクリスマスツリーが頂点に星を掲げている。

 周囲の明かりが消されているぶん、雲の隙間から覗く星の光もより強く輝いていた。

「綺麗だな」

 俺は白い息を吐いて、足を止めた。

「叶ちゃん、だから9時まで時間をくれたのかな」

 ふと、雪乃が何かを呟いて組んでいた腕を解いた。

 俺から一歩距離を取ると、雪乃は俺を見つめる。背後から漏れ出すツリーの光が雪乃を金色で包んでいた。

 雪が光の粒子へと変わり、雪乃はそのまま溶けて消えてしまうのではないか。そんな感覚に襲われた。

「聞いてほしい事があります」

 物語は必ず終りが来る。

 俺と雪乃の何かが終わろうとしていた。

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