大野幸太郎 その5

 学校で合流してから、俺達はデパートに向かって歩いていた。

 相変わらず俺は顔を赤くした雪乃に腕を組まれている。

 叶にすらやられたことないぞ。こんな雪乃は初めて見た。

「な、なぁおい……見られてるぞ……」

「う、うん、見られてるね……」

 くそ、流された。

「恥ずかしいからやめないか」

「そういえば今日の映画、ネットで話題になってたよ。階段から落ちるシーンの長さにご注目だって!」

「……」

「……」

「……わかったよ」

「うん」

 俺は雪乃に白旗を挙げた。

 流されるままに街を歩く。雪は止む気配がない。予報によると明日の夜まで続くらしかった。

 叶はどうしているかな。

 二人なら楽しい雪も一人では寒すぎる。

 遠くに行きかけた意識を、誰かが引っ張った。

 はっとして、引力の方に顔を向ける。

「今は、叶ちゃんの事は忘れて」

 すねたように雪乃は頬を膨らませている。こういう時、幼馴染は厄介だ。俺たちはお互いのことを知りすぎているから、誤魔化しの猶予がない。

「すまん」

 素直に謝っておく。

「……デートの時に他の人のことを考えるのはマナー違反だって、りのちゃんが言ってたよ」

「あいつに言われると素直に納得できないのはなぜだろう」

 雪乃は困ったような表情で笑った。否定しないのかよ。

 でも、これでようやくいつもの感じだ。腕を組んでいるのにも慣れてきた。

 雪乃といると、自然とほっとした気分になってしまう。俺を掻き乱すことはあっても、敵になることは絶対にないとわかっているからだろうか。

 浦和とやらに言われるまでは特別だと思っていなかった関係も、意識すると大切に思えてくる。

 今日はとことん雪乃に付き合うか。

 俺は緩んできた腕を組み直す。雪乃は目を丸くした後、赤く染まった頬で微笑んだ。


 デートと言っても、やる事はあまり普段と変わらない。俺たちは映画館に行くと、何時ものように上映中の食べ物を選ぶ。

「今回もダブルポップコーンでいいかな?」

 何時も頼んでいる、2人用のポップコーンを頼もうとする雪乃を止める。

「いや、今日はお腹を空けとかないと。

 料理を食べきれなかったら家から追い出すって言われてる」

「 あっ、そっか。

 じゃあどうしよっかな……」

「俺チュロスにするわ、食べてみたかったんだよな」

「じゃあ私はこのプレッツェルにしよっかな」

 注文札を受け取って、俺たちカウンターの傍で品物を待つ。

「プレッツェルなんてあるのな。

 最近来てなかったからビックリした」

「そうなの?」

「雪乃がいないと感想話す相手もいないし、なんか味気なくってな……。

 叶は映画見てても寝るし」

「ふぅん」

 雪乃は何故かニコニコしていた。

 店員から食べ物を受け取って、俺達は上映室のど真ん中の席に腰を下ろした。

 部屋の中はガラガラで、俺たちのほかにはだれも来ていなかった。

「貸し切りだね」

 雪乃は相変わらず上機嫌だった。今なら世界の終わりにだって褒める所を見つけられそうだ。

「いつもの感じで選んだけど、言われてみればコレはクリスマスに見るもんじゃねぇな」

 手の中のパンフレットの中では、線の細いイケメンのおじ様が銃を構えている。

 雪乃はよくマイペースだと言われているけど、それに気が付かず付き合えてしまう俺も結構マイペースなのかもしれない。

「でも、他に面白そうな映画も無かったよ?」

「あ~、あれはどうよ。アイドル事務所の新人が出まくってるラブコメ。

 確かりのが見に行くって言ってなかったっけ」

「りのちゃんに何回か感想聞いたけど、全然教えてくれなかったよ」

「つまらなかったか……」

 芸能人の長距離マラソンで毎回泣いているような女がガッカリするとは恐ろしい作品だ。

 確かに避けた方がよさそうだった。

「それに、久しぶりに一緒に映画見るんだもん。二人とも好きな作品の方が楽しいよ」

 ヤバい。

 俺と雪乃の歩幅はぴったり同じ過ぎる。間に打算や気遣いが入り込む隙も無い。

 今の雪乃の笑顔は、運命という言葉を信じそうになるぐらいに輝いていた。

「幸太郎君?」

 こてんと首を傾げた雪乃に気が付かないふりをして、俺はチュロスを一齧りした。

 小気味良い音がさくっと鳴り、油交じりの甘みが口の中を刺激する。美味い。

 俺に倣って、雪乃もプレッツェルをかじり始める。その姿はどこかげっ歯類じみていて可愛かった。

 ……プレッツェルってどんな味がするんだ?

「な、雪乃。チュロス一口とプレッツェル一口交換しようぜ」

 俺が差し出したチュロスを雪乃は凝視している。

 急に黙って怖いんだけど。

 でも、雪乃との会話ではこのような硬直はよくある。俺の場合、叶との距離感が異性との接し方になっているから、知らずのうちにプライベートな範囲に踏み込んでしまうことが多いのだ。

 少し考えて俺は閃いた。

「悪い、口付けた部分は嫌だったよな――」

 俺が言い切るよりも早く、雪乃の口が大きく開いた!

 チュロスの半分を雪乃がぱっくりと食べてしまう。

「チュロス、そんなに食べたかったのか?」

 雪乃は顔を真っ赤にしながらこくこくと頷いていた。

 それから映画が始まるまで、雪乃はずっと俺と目を合わせてはくれなかった。


 おなじみの映画泥棒が警官に逮捕されると、いよいよ映画が始まった。

 俺達が見ているのは近代的ガンアクション大作の4作目、空想の防弾チョッキでリアリティとアクションを無理やり成立させつつ、流れるような主人公の殺戮を楽しむことが出来る映画だ。

 俺も2作目までは大好きだったんだけど、3作目から主人公が割と考えなしに戦っている所を見てしまってからはちょっと熱が引いてしまっていたりする。

 勿論それがいいって言ってる人も居る。隣できらきらした目線をスクリーンに向けている雪乃なんかがその一人だ。

 主人公が馬鹿みたいに長い階段から転がり落ちるシーンで、俺は雪乃の顔を覗き見た。

 さっきまでは何言っても上の空だったくせに、イケメン俳優にはかなわないらしい。

 ちょっと負けた気分。

 雪乃は俺の視線に気が付くと、油断しきった笑顔を向けてくる。

「たのしいねっ」

 俺は小さく頷いて、クッションに体重を預けた。

 雪乃と居ると、全てがこのままで続けばいいと思ってしまう。

 雪乃が隣で笑っていて、叶が茶々を入れる、俺がたまに突っ込めば完璧だ。


 映画は終盤に向けて激化していく。

 一度始まった物語には、どんな形であれ終わりが用意されているのだ。

 激しい接近戦に当てられたのか、雪乃がひじ掛けに置かれた俺の手に自分の掌を重ねる。

 いつもならそっとかわしているはずの手を、寂しさにかられた俺は受け入れた。

 少しの間、叶の事は忘れていた。

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