松下雪乃 その3

 浮ついた街中をこれまた浮ついた学生達が学校に向かっている。

 落ち着かなくって一足先に学校に来ていた私は、既に積もっている雪に足跡を残しながら登校してくる生徒たちを眺めていた。

「おはよう、松下」

「わっ!お、おはよう浦和君」

 驚いた。

 浦和君は、いつもチャイムギリギリに登校してくる。こんなに早く教室に姿を見せたのは始めてのことだった。

「珍しいね」

「なんか落ち着かなくってな」

「あ、私も」

 思わず私は笑った。

 浦和君も笑みを返す。

「今日はあいつとのデート本番だな」

「う、うん……。

 その、昨日はありがとう」

 浦和君は気不味そうに頬をかいた。

「あー、いや、俺も昨日はちょっと暴走したなと思ってた。悪かったよ」

「そんなことないよ。

 ちょっとギクシャクしちゃってたから、浦和君のおかげで幸太郎君がやる気になってくれて助かってるんだ」

 そういえば、どうしても浦和君は昨日あんな事を言い出したんだろう。

 浦和君にとってなんのメリットも無いはずなのに。

「あの、浦和君。

 昨日はどうしてあんな事言ったの?」

 浦和君はじっと私見つめる。

「好きな人には、やっぱ幸せになって欲しいもんだろ」

 窓の外を流れる雪が、私たちの間を落ちていく。

 そっか。

 そうだったんだ。

「返事は昨日もらってるから、返さなくて良い。というかやめて、2回も振られたくない!」

 大げさに泣きが入った声を出す浦和君。

 今まで見えなかった浦和君の優しい部分に触れて、私の胸がほんのり温かくなる。

「その……浦和君が良ければだけど。これからも、今までどおりお話とかしたいな」

「松下が気まずくないなら」

「いいの?」

「俺が駄目な理由が分からん。恋のとか前に俺ら友達だろ」

 友達の響きに、私は少し驚いた。

 私はどこか、私を昔から知っている人たち以外に私の隣を歩いてくれる人なんていないと思っていた。だって、社会は早すぎる。私に歩幅を合わせて周りから置き去りにされることを好む人が他に居るとは思えなかった。

 だけど、それは私の勘違いだったみたい。

 私が歩いている間に、走る人々とは何度もすれ違うのだ。その度に肩を叩いてくれる人だっている。隣を歩く事だけが、思いやることだとは限らない。

「え、何その反応。もしかして俺、友達に入ってなかった!?」

「うん、友達だよね。私達」

「何その曖昧な言い方!?松下嘘だよな?何か言ってくれ松下!」

 私は窓の外を見つめた。

 今日は雪が積もるらしい。もしかしたら幸太郎君を見失うかもしれない。

 その時は、この暖かさを頼りに帰ろう。

「松下ァ、なぜ遠い目をしているんだ……!」

「えっ?あぁ、うん。私達友達だったんだなぁって」

「皮肉にしか聞こえないって!」

「?」

 浦和君はなぜか苦しんでいた。

 よくわからないけど、浦和君が私に大きな力を与えてくれたことは確かだった。


 六時間目のチャイムが鳴ると、教室は抑え込んでいたみんなの陽気があふれ出す様に活気に包まれた。

 先生もHRをいつもより短く終わらせて教室から出て行く。

「頑張れよ」

 そう私に囁くと、浦和君は足早に友達と教室から出て行った。

 入れ替わるようにして、幸太郎君が教室にやって来る。

「行こうぜ」

「うん」

 幸太郎君は浦和君がいないことに驚いたようだった。きょとんとした表情で周囲を見渡している。

「……絶対絡まれると思ったんだが」

 私は椅子から飛び出す様にして幸太郎君の手を取った。

「幸太郎君、早くいこっ!」

「雪乃!?ちょ、引っ張るなって……!」

 目を白黒させている幸太郎君の様子がおかしくて、私は思わず笑った。

 今日の結末が何にせよ、楽しいクリスマスにりなそうだった。

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