大野叶 その2
クリスマスソングには縁がない。
縁があるのは萌え~なアニメ(お兄ちゃんがこっそり見ている)の歌だったり、萌え~なエロいゲーム(お兄ちゃんが英和辞典の箱の中に隠している)の歌にある様な妹ソングである。
お兄ちゃん曰く、キャラソングも最近では珍しいそうなので、最近では私が心から共感できそうなラブソングは絶滅寸前なのかも。
それ位わたしのような生き物は少数派らしい。
「それで叶はどうする?我々彼氏いない同盟の気高い集会に参加する?」
「今気高い要素あった?」
「彼氏がいないって言うのはね、孤高の存在ってことなの」
笑顔を浮かべて意味不明な事を言っているのは友達の真紀ちゃんだ。目は全然笑ってないけど。
私が断るよりも早く、同じく友達の加奈子ちゃんが口をはさんだ。
「叶は愛しのお兄ちゃんとのクリスマスがあるでしょ」
「あ~、そうだった」
二人はにや~と笑った。
わたしは笑顔も浮かべずに頷く。
「もちろん。わたしにはちゃんと予定があるんだから」
クラスがちょっとざわついた。
高校からは色んな学区の人が集まってくるから、わたしとお兄ちゃんの仲を知らない人も居たらしい。
「……え、何?大野ってブラコンなん?」
「うむ。それも超が付くレベルで」
「そんなにイケメンなのか。まぁ、大野も超美人だしなぁ」
「俺見たことあるけど、滅茶苦茶普通の顔だったぜ」
好き勝手に言い始めたクラスメイト達を意に介さず、わたしは会話を続ける。
「年の近いお兄ちゃんと仲いいのは普通でしょ」
こんな場面では反応しないことが一番の主張になる。
わたしがあくまでも当然というそぶりを崩さないままでいると、クラスのざわめきは次第に引いていき、友人たちは苦笑いを浮かべた。
「ごめんごめん。
でもさぁ、ちょっとはうちらとの友達付き合いも増やせよなぁ~!
叶とのクリパ絶対楽しいのに!」
「諦めな加奈子、この子のブラコンは筋金入りだから……。
来て欲しいってのは私も同意見だけどね。
どうしてもダメ?」
未練がましく頼み込む二人に、私はバッサリととどめを刺す。
「お兄ちゃんに彼女ができない限りは無理」
「……あの兄貴も相当なシスコンじゃん。一生無理じゃん」
「失礼な事言うな。お兄ちゃんのこと好きな女の子だっているでしょ」
わたしとか。……雪乃ちゃんとか。
「それじゃ、わたしはそろそろ帰るね」
「しょーがない」
わたしは会話を切り上げて、学校の校門へ走った。
今日はクリスマスイブ。明日の買い出しにお兄ちゃんが付き合ってくれるのだ。
「ごめん!友達につかまった!」
「おう、それじゃ行こうぜ」
お兄ちゃんは少し身震いしていた。
こういう時、兄妹じゃ無ければ腕を組んだりできるんだろうな。
でもわたしは妹なので、仕方なくくっつくようにして歩く。
「歩きにくいって」
「お兄ちゃん寒そうだから」
「……いつもより大胆だな」
お兄ちゃんは顔を赤くしている。かわいい。
普段はこんな事しないんだけど、やっぱりわたしもクリスマスで開放的になっているのかも。
「なんてねっ」
顔が熱い。
誤魔化しが効かない長さでくっついた後、私は冗談を装ってお兄ちゃんから離れた。
お互いに真っ赤な顔で歩く。顔は合わせない。
冬で良かった、真夏なら卒倒している熱量だった。
口数の少ないまま、わたしたちはいつも買い物をしているスーパーに入る。
お兄ちゃんが押すカートにわたしは必要な食材を放り込んでいく。
「チキンはやっぱりKF◯?」
「うん、予約してあるよ!」
「好きだもんな叶。
あれのクリスマスセット、お皿いらないからケーキが豪華になってほしくない?」
「わかるけど、お皿なんて滅多に買わないしなー。お皿の数が思い出の数みたいでわたしは好きだよ」
ありふれた時間こそが幸せの正体だと、わたしは思う。劇的なライフイベントは幸せが溢れた結果なのだ。
だからわたしはこの幸せが守れればそれで良かった。
「なぁ、叶。
雪乃ってモテるのか?」
だけど、わたし一人ではわたしの幸せは守れないみたいだった。
お兄ちゃんの言葉一つで、わたしの世界はひっくり返るのだから。
「……雪乃ちゃん、可愛いから。
性格もぽけーっとしてるけど、そこが良いって人も沢山居るだろうね」
「うぅん、そうか」
酷いよ、お兄ちゃん。
クリスマスぐらい幸せでいさせてよ。
「何かあった?」
「何かってほどじゃないんだけど。
明日の打ち合わせに行ったら、雪乃の友達を自称するスポーツ刈りに絡まれた。
なんでも、雪乃が明日のお出かけを不安がってるから俺と代われだとさ。
俺の偏見からすればヤツはサッカー部だ」
お兄ちゃんはサッカー部に多大なる偏見を抱いているので、性格の悪そうな運動部っぽい人は大抵サッカー部にカウントされるのだ。
それよりも、要領を得ない話が気になる。
「雪乃ちゃんがぁ〜?
まさかぁ、死ぬ程楽しみにしてると思うけどなぁ」
「不安っつっても、今まで何度も一緒に出かけてるしな。
でも、雪乃が否定しなかったんだよな……。浦和のやつの嫉妬ってことにするにはちょっと引っかかる」
お兄ちゃんにしては鋭い方だ。
雪乃ちゃんはわたしたちの事を世界で一番よく見てきた人だ。必要がなければ、わたしたちの関係を掻き乱す様な事はまずしない。
今回、無理を言ってまでクリスマスデートを決行した理由は1つしか考えられないのだ。
雪乃ちゃんは明日告白するつもりなんだと思う。
「まぁ、明日になればわかるでしょ」
わたしはあえて教えるようなことはしなかった。お兄ちゃんと雪乃ちゃんのクリスマスを壊すような事はしたくない。
わたしたち兄妹にとって、雪乃ちゃんはそれだけ大事な友達だった。
彼女はわたしたちの関係を決して口外せず、変わらずに友達でいてくれた。
わたしたちが壊れずにいたのは、きっと彼女の愛の深さゆえなのだ。
「それより、明日はポップコーン小さいのにしてね!
お腹いっぱいで料理が食べれないなんて言われたらお家に入れてあげないんだから」
「わかってるって」
お兄ちゃんの顔には柔和な表情が浮かんでいた。
お兄ちゃんは、わたしには向けてくれない、どこか気安くて安心したような表情を雪乃ちゃんには見せる。
「あいつ、受験勉強頑張ってるからさ。最近カラオケとか映画に誘っても来てくれないんだよな。
なり行きは微妙だったけど、久しぶりに遊べるのはやっぱ楽しみだわ」
明日、お兄ちゃんが雪乃ちゃんに応えない保証はどこにもない。
わたしの世界はお兄ちゃんでできている。
明日は世界最後の一日かもしれない。
でも、わたしは最後の晩餐を用意しているつもりはなかった。
「この前『叶とのクリスマスが一番楽しみだよ』なんて言ってた人とは思えませんなぁ~?」
元より愛は一方的なのだ。私はこの祈りが明日に届くことを信じている。
「うわ、うわうわ!お前それを外で言うな!恥ずかしいだろ!」
「浮気者に配慮する必要はありません!」
お兄ちゃんから逃げるわたしの進路に、誰かが立ちふさがる。
振り返ると、店員さんが笑顔を引きつらせていた。
「あの説教、カップルへの私怨入ってなかったか」
「まぁ、こっちが悪いのは確かだししゃーないよ」
カップルじゃないんだけど、何故かカップルである前提でねちねちと怒られる羽目になった。なんでもあの店員さん、最近彼女と別れて、恋人がいる人とシフトを変わらざるを得なかったらしい。
「そういや、今年のクリスマスってお母さん帰ってくるのかな」
「予定あるって言ってたぜ」
「そっか~、じゃ、準備はお兄ちゃんの分だけでいいね」
にひひ、そう予想してチョコペンを買っておいたかいがあった。
わたしは密かに明日の計画を企てる。
聖夜は乙女全員に輝くのだ!
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