第2話『信号機の怪異』

「倒すって言っても、具体的にどうすればいいんだ?」


「怪異には、例外なく全て『核』があるんですぅ。そのコアを壊せば…あ、洒落じゃないですよぉ?コアを壊せば、滅ぼすことが可能ですぅ」


「その、核ってのはどこにあるんだ?」


「個体によってまちまちですねぇ。例えば私ならぁ…人で言う心臓がそれにあたりますねぇ」


なるほど、弱点があるのか。

でもそれを、どうやって壊すんだ?


「核は、怪異を象徴する場所にあります。先程の信号機で言えばぁ、あの頭の信号機でしょうねぇ」


「じゃああの信号を叩き割れば殺せるってことか?」


「その通りですがぁ…そこまで簡単には行かないでしょうねぇ。怪異にはその個体特有の能力が備わっていますぅ」


「能力?」


「えぇ。私は思い出の怪異だって、先程申したでしょう?私の能力は…思い出の再現、具現化、覗き見です」


思い出の、再現?


「例えば…このオルゴールにしましょうかねぇ」


〈おばあちゃん!またあの綺麗なの聞きたい!〉

〈あら、オルゴールが聴きたいの?ちょっと待っててね、どこにやっちゃったかしら-〉


「こんな感じですねぇ」


ジョーレンがオルゴールに手を翳すと突然店の中に老婆と少女が現れ、少ししたら消えてしまった。


「すげぇ…」


「お分かりですかぁ?私の場合は殺傷能力の無い能力しか持っていないですが、他の怪異がそうとは限りません…と言うかぁ、絶対もっと物騒ですよぉ」


「それなら尚更、どうやって殺すんだ?」


「そこで『遺失物』の出番ですぅ」


さっき渡されたサングラスのことか。


「『遺失物』は言わば意思を持たぬ怪異。持っている効果を自動で撒き散らす物品の事です。考えようによってはただの害悪ですがぁ、その効果を利用することも可能です」


なるほど、さっきのサングラスにはおそらく…見えなくなる効果が含まれてて、それであの信号機に見つからずに逃げられたってことか。


「なるほど、こっちも怪異みたいな特殊能力を使えるなら殺すことも出来そう…だな」


あれ?でもサングラスもどの道殺傷能力なんてないし、結局物理で殴るしかないのか?


「『遺失物』はなんの異常性も無かった時の持ち主の影響を受けて変質した物品ですぅ。ですので持ち主との思い出が、た〜っくさん詰まってるんですよぉ!つ、ま、りぃ…私の思うがままってことなんですよぉ?」


「もしかして、お前の特殊能力で遺失物が作れるってことか?」


「はぁい。そういうことです」


なるほど、強いな。直接的な攻撃能力はなくとも、それに匹敵するだけの道具を生み出せる。


「それじゃあ、あの信号機を倒す算段をつけましょうかぁ…」




⬛︎⬛︎⬛︎




「いた。あそこだ」


「コンビニの前の信号機周辺をウロウロしてますねぇ…あそこに何かあるのでしょうか」


「知らねぇけど…作戦通り頼むぞ、ジョーレン」


「お任せ下さぁい」


サングラスをかけて、信号機に近づく。

やはりこのサングラスをかけていると見えなくなるみたいで、かなり接近したが気付かれていない。

信号機の指先には鋭利な長めの爪がついており、これで僕の背中を引き裂いたのだろう。


信号機の後ろに回り込み、路地裏で拾った鉄パイプを信号機の後頭部?に思いっきり振り下ろす。


「ピポッ⁈⁈ピピピポポ!!」


「⁈気づかれた!」


殴られたらいくら見えなくても気付くか!

殴打で仕留められないことは想定内だ。次の目的のポイントまで誘導しないと。


「----!」


やっば、めっちゃ怒ってる⁈


やつを足止めするために、持っていた鉄パイプを投げる。

これで少しでも距離が稼げたら後が楽になる!


「ピッポッ」


刹那、ヤツの頭の信号機が黄色から赤色に変化した。


「なっ⁈動けな-」


投げた鉄パイプと僕の動きが止まる。

赤信号を煌々とさせたまま、信号機が近づいてくる。


空中で静止した鉄パイプを潜り抜け、僕との距離が狭まる。

そこでヤツの頭が青信号に変わった。


「これで動け-」


ると思った瞬間、信号機が先程とは比べ物にならないスピードで迫ってくる。


「早すぎ…!」


ヤツはスピードをそのままに腕を僕めがけて振り抜く。


左側の視界が欠ける。

遅れて顔の左側に焼けるような感覚。


「目が…っ!」


全力で逃げる。

ヤツは腕を振り抜いた姿勢のままで、信号も黄色に戻っている。


やっとの思いで目的のポイント、路地裏に入る。


「はぁ、はぁ、行き止まり…」


路地裏の入り口には信号機。僕を追い詰めたと思って少し見下すような雰囲気を感じる。


あらかじめ配置しておいた僕の店のオルゴールを鳴らす。


「ピポ?」


信号機があらぬ方向に腕を振り抜き、そのまま出鱈目に腕を振り回している。


これはジョーレンの力で作った、記憶を再現するオルゴールの形をした遺失物だ。

おそらくあいつの周りには僕の幻影が見えているはず。


「成功か…そのままやってくれ!ジョーレン!」


「了解でぇす」


路地を形成する建物の上から、異常気象で倒壊した建物の瓦礫などが大量に降り注ぐ。


瓦礫に押しつぶされて身動きが取れなくなった信号機の頭を、丁度いい重さの瓦礫で殴る。何度も何度も、完全に生き絶えたと確信するまで殴り続けた。


「もう死んでますよぉ。目、大丈夫ですかぁ?」


「んぁ…目、忘れてた」


アドレナリンが出てるのか今は痛みがない。

けど…たぶん失明してるよなぁ。


「私にお任せください。『具現化』」


ジョーレンがコートの中から取り出した飴玉を信号機の死骸に近づける。


「怪異は人の強〜い感情から出来てるって、さっきいいましたよねぇ?それを抽出してやればぁ、私の力で遺失物に変えることだって出来ちゃいまぁす」


黄色の飴玉に赤と青が混ざり合い、マーブル模様に変化する。


「はい、あ〜ん」


「ちょっ、いきなり何-」


目が痛い。口に入った飴玉が一瞬で体積を増して液体に変化し、僕の潰れた左目に入ってくる。


「あ…見える」


新しく手に入れた真っ黄色の視界に、僕は頭を抱えた。

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