第35話 極大シュバルツシルト解におけるアインシュタイン・ローゼンの橋

 移動していると、先の方で竜巻が起こった。

 あの竜巻、……枯れているとはいえ、巨木を何本も巻き上げている。魔法ではなく、魔力の塊が渦巻いて物理現象を起こしているのだ。誰がやってんだよ……。異世界恐るべし。

 デーモンが巨木と一緒に空中へ巻き上げられている。誰かが対処したのだろうが、素人の俺でも分かる無茶苦茶な魔力の使い方だ。


「まずい!」


 竜巻を見たミッシーたちが走る速度を上げる。


 走りながら聞いてみると、この先には広場があるそうだ。エルフの里であれば、ベナマオ大森林へ続くゲートがあるという。だがここは冥界。エルフの里ではないので、その広場にゲートがあるのか不明だ。

 しかし、サラ姫殿下が向かうのなら、そこしかないらしい。


 広場に到着する頃には竜巻が収まり、邪悪な気配――デーモンが大量に空から落ちてきていた。

 それを弓で射っているのは長老たち。サラ姫殿下を囲むようにして護衛しているが、デーモンたちの火球で攻撃されている。


 彼らが使っている障壁は長く持たなさそうだ。とんでもない量の火球が浴びせられているのだから。


「デーモンはこっちで引きつける! ソータはゲートを探してくれ!」


 ミッシーはそう言って、攻撃を始めた。エレノアやシエラ、スノウも同じく、デーモン気を引くための派手な攻撃を開始した。エルフたちが使うあの爆発する矢は、ここのデーモンにも有効のようだ。

 と言う事は、デーモンは、何かに憑依する、または誰かと契約を結ばなければ、あれだけの強さを発揮できないのかもしれない。


「ああ、探してくる」


 頷くミッシーを尻目に俺は走る。サラ姫殿下は、広場のまん中で足止めを食らっているみたいだ。


「いやいや、ゲートいっぱいあるし……」


 枯れた草木で粉っぽい空気に覆われた広場には、いくつかの歪んだ空間が見えている。何故ここに、という疑問はさて置き、このゲートをくぐれば冥界から出られるはずだ。


 一番近いゲートのそばで、ボリスにこっちへ来いと合図を送る。

 サラ姫殿下優先で、動きにくくないのかな? 一行は障壁を張ったまま、ゆっくりとこちらへ移動してきた。


「ソータくん!!」


 サラ姫殿下が俺の足に抱きついてきた。慌てて長老たちも移動して、俺たちは障壁の中でひと塊になる。


「ボリスさん、この広場にいくつかゲートがありますけど、里と同じですか?」


「……いや、里の広場にあるゲートは一つじゃ。ソータにはいくつ見えておる?」


「えーと……、五カ所かな。ゲートって行き先は分からないんですか?」


「ここのは使った事がないから分からんな……。隠蔽魔法の痕跡が無いのは人の手が加わっていない証拠。つまりこれは野良のゲートじゃ」


「危なくないです? ゲートをくぐって出たら、陸の見えない海だった、なんて事になれば死んでしまいますよね?」


「そうじゃのう……」


「なんすか?」


「……」


 長老五人と、足に抱きついているサラ姫殿下が、ジッと俺を見つめる。

 ミッシーたちはデーモンと戦いを繰り広げ、ボリスたちは姫様を守る事に全力を尽くしている。


「つまり、俺が行くしか無いって事ですね。分かりました。見てきます……」


「おおっ!! 頼んだぞ!!」


 わざとらしい……、ボリスの嬉しそうな声と表情が。

 このゲートは他と見え方が違う。先が見えない黒い塊が五つだ。とりあえず近くのゲートに入ってみた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ぬおおぉっ!?」


 空中だ!! 空中にゲートがあった!! 浮遊魔法が使えなかったら死んでたわ!!

 遙か下に見えているのは、山々に囲まれたバカでかい城郭都市。かなり大きな盆地で、下手すると東京都が丸々入ってしまうくらいの広さがある。

 あれがどんな都市なのか確認したいが、今はゲートに戻らねば。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……ふう」


「どうじゃった?」


「このゲートはダメです、……ん? そういえば、ここにいるエルフのみんなは、高いところから落ちても平気ですよね?」


「そうじゃが、……何か含みのある言い方じゃのう」


「このゲートの先は、だいぶん高い空の中に出ます。下には城郭都市が見えていました。風の魔法でゆっくり降下できるなら、ここから脱出できますよ」


「城郭都市か……ミゼルファート帝国やもしれぬな。いまは四の五の言っている場合じゃない。ワシらはこのゲートから先に脱出じゃ。ソータ、エレノアたちをこのゲートから逃がしてくれ!」


「あ、ちょ!? あーあ、行っちゃった……」


 さっさとゲートをくぐったサラ姫殿下ご一行。というか本当に姫様優先なんだな。部外者の俺に仲間のエルフを任せるなんて、どうかと思うよ? 言われなくてもやるつもりだけど。


 四方八方から爆発音が聞こえる。ミッシーたちの弓矢と、デーモンの火球だ。

 おかげで木っ端微塵になった木々の細かい粒子が舞い散って、視界が悪くなるほどだ。


「ミッシー!! ここからサラ姫殿下は脱出した!! 全員集めてくれ!!」


 大声で伝えると、ミッシーと他のエルフたちも集まってきた。エレノア、シエラ、スノウも健在だが、かなり疲労している。だいぶん長い時間戦い尽くめだから、仕方がないだろう。


「このゲートは何処に繋がっている?」


「一応確認してきたけど、空中に出るぞ。かなり高いから気を付けて」


 およその感覚で、たぶん千メートル以上の高さがあると思う。

 エルフのみんながゲートをくぐっていく。俺は殿しんがりを務めるつもりだ。


「ソータ……」


 心配そうな顔でミッシーが声をかけてきた。他のエルフたちは全てゲートをくぐっている。

 ここに居るデーモンたちの攻撃は止む気配が無いけど、さっき見たデーモンの軍団が来たらひとたまりもないからな。


「早く行ってくれ。すぐに追いかけるから」

「……分かった」


 ミッシーは泣きそうな顔でゲートをくぐっていった。


「お?」


 すぐ近くに重い物が落ちる音がした。そこを見ても何もない。


「おぶっ!?」


 障壁が破られ腹部に衝撃を感じ、その瞬間俺は宙を舞っていた。一瞬だけ感じた気配はシェール。ヤバい……意識が飛びそうなくらい痛い。

 ジョン・バークワース商会に忍びこんだとき、狐獣人のブレナは姿を消していた。あいつと同じスキルを使えるのか、シェール。それに加えて気配まで消されると、どこに居るのかまるで分からなくなる。


 長めの滞空時間でそこまで考え、着地する。と同時にぶん殴られた。

 痛いし意識飛びそうになるし、防御する暇も無い。障壁を張り直して時間稼ぎをしなければ。


 また蹴り飛ばされる。


「……障壁が張れない? ぶほっ!?」


 鳩尾みぞおちにシェールの拳がめり込んだ。

 その瞬間息ができなくなる。

 何度やっても障壁が張れない。

 もしかして魔力切れか! ヤバい!!


「うおっと!?」


 今度は避けた。

 さっきの竜巻で巻き上げられた粉塵が積もり、シェールの足跡が見えはじめたのだ。

 攻撃をどんどん避けていく。だが足跡で、およその位置が分かるだけ。

 パンチなのかキックなのかすら判別が出来ない。


「ぐああぁぁぁっ!!」


 背後からデーモンの火球を、もろに食らってしまった。

 一応、ジョン・バークワースの革鎧を着ているので、何とか耐えたけれども、このままだと殺られてしまう。魔力切れでリキッドナノマシンの動きも鈍い。

 吹っ飛んで地面に叩きつけられる。


「こいつはあたしの得物だ!! 手を出すなっ!! ソータ、……ジーンは本当に死んだの?」


 五メートル近い巨体でワニ顔の獣人、……姿を現したシェールは、憤怒の表情で優しく語りかけてきた。シェールの言葉で攻撃を止めたデーモンたちが、俺を目指して集まってきている。

 拙い……。ゲートからかなり離れた位置まで飛ばされてしまった。


「さっきも言ったけど、ジーンは死んだ」


 シェールは俺がウソをついていて、実はジーンが生きている、と言わせたいように見える。だが、彼女の心情まで構っている余裕は無い。

 何か出来ないかと考える。だが、魔力切れでなす術がない……。


 ――――いや、まだある。



神威かむいは使えるか?』


『実験がまだです。魔素の上位互換だと判明してますが、何が起こるか分かりません』


『いまは緊急事態だ。使うぞ』


 汎用人工知能は俺の身の安全を優先し、神威かむいを使えないようにしていたのだろう。俺の言葉で、全身に神威がみなぎっていく。

 今まで何処にあったんだ、この神威は……。


「死んでいるはずが無い!!」


 俺の言葉が信じられないのだろう。シェールは我慢できないといった風に、俺を殴り付けた。

 しかし、神威で張り直した障壁を破る事は出来ず、シェールの拳はグシャリと砕けた。


 他のデーモンたちはすでに集まっており、俺とシェールを取り囲んでいる。さっき見た軍団も合流し、とてつもない数になっていた。


「シェール……お前たちが独立国家を作るって本当なのか?」


「そう……あたしたちには、国が必要。獣人は元から殺戮衝動があるの。だから危険だと言って、自治区という檻に入れるのは間違ってる!! あたしたちを差別するのも間違ってる!! ――――獣人以外はヒトだろうとエルフだろうと、あたしたちが皆殺しにして喰ってやる!!」



 確かに獣人を隔離するのは違うのかもしれない。だが、シェール……獣人が危険だと言っちゃってるじゃないの……。

 彼女にとっては、当たり前でそれが正義なのだろう。その考えは獣人自治区の国家を造るという、大きな流れとなった。


 理不尽に抑えつけられたら反発する。それは分かる。



「でもさ、デーモンと契約して、あんな残忍な事をやったら、誰も理解してくれなくなるぞ?」



「うるさいっ!! ソータも分かってくれないんだ!! ヒト族が創った文明は幻想! 同族で戦争をして殺し合うのは、ヒト族だけっ!! 獣人が残忍だというなら、ヒト族はこの世界に必要ないゴミよっ!!」



 砕けた拳で障壁を殴り出すシェール。

 ソータも、と言ったのが気になるが、シェールは多分もう正気を失っている。

 拳から骨が飛び出し、血が飛び散る。その表情は徐々にシェールの面影を無くしていく。


 よりワニの顔に近づいているのだ。

 それに、たった今話していたのに、獣の唸り声に変化して何を言っているのか分からなくなってしまった。


『世界を滅ぼしてでも、デーモンの国家を作り上げる!! 我らがこんな世界に閉じ込められるいわれは無い!!』


 ……翻訳できるのか、汎用人工知能。



『はい』

『助かるよ。こりゃあシェールの言葉じゃないよな……。デーモンの目的と理由が何となく分かった』



 しかし周囲のデーモンがおとなしいのは何故だ。契約者であるシェールが居るからなのか。

 いや……シェールの変化を待っているのか?


「シェール。俺の言葉が解るか?」


 一心不乱に障壁を殴り続けるシェール。

 聞こえていないのか、もしくは理解できないのか、大声で言ったのに反応は無い。

 そうこうしていると、シェールの中にある、もう一つの気配が大きくなっていく。同時にシェールの気配、……いや、シェールの魂が消えていく。


 次の瞬間、シェールから、邪悪な魔力が膨れ上がっていく。シェールは完全にデーモンと一体化した。あるいは魂を喰われてしまったのかもしれない。


「……上手く行かないものだな」


 俺を中心に神威で衝撃波を発生させ、シェールもろとも周囲のデーモンを吹き飛ばした。

 デーモンは墨汁のように四散し、茶色い大地を黒く染めていく。

 シェールはまだ健在だ。背中にコウモリのような翼が生え、宙に浮いた。


 羽ばたいていないところを見ると、憑依したデーモンの力で浮いているのだろう。すかさず飛んで逃げようとするシェール。


 このまま逃がすわけにはいかない。


 ――――ドンッ!!


 四方八方から衝撃波を浴びせ、空を飛ぶシェールを押し潰した。

 墨汁のような黒い液体をまき散らしながら、シェールだったデーモンの気配が消えていく。


 埃っぽい風は、いつの間にか腐った生魚のような臭いに変わった。原因はおそらくデーモンの体液。


 デーモンを憑依させた獣人は全滅した。奴らを生かしておけば、この異空間から脱出できるからな。これでよかったのだろう……。


 獣人……ニンゲンを殺したという実感はあまりない。ジーンやシェールの見た目がそうだったとしても。


 でも……、彼ら獣人たちが攻め入って、エルフの里は壊滅した。生き残りは、サラ姫殿下、長老五人、ミッシーと母親のエレノア、それにシエラとスノウ。

 他のエルフをあわせても、たった数十名のエルフしか生き残れなかった……。


 エルフの里全員が冥界に連れ込まれたのなら、相当な人数がデーモンに殺された事になる。


 すまんミッシー、俺はマイアの亡き骸を迎えに行くつもりだ。こんな世界に置いてけぼりはしたくない。死んだエルフの亡き骸は、全て焼き払って火葬する。


 俺はふたたび歩き始めた。

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