第33話 混戦
ギリで間に合ったか。ジーンを殺すつもりで衝撃波を使ったものの、吹っ飛んだだけで大したダメージにはならなかった。
ミッシーは泥だらけの顔で座り込んで放心状態だ。
「立てるか?」
「ああ……」
「一応確認だけど、あいつジーンだよな?」
「……そうだ」
歯切れが悪いな。ジーンに後れを取ってショックなんだろうが、もたもたしていると殺られてしまう。
立ち上がったワニ顔のジーンが、その巨体を震わせながら怒りを
ジーンは獣人とエルフが入り乱れて戦う位置から少しはずれたので、オレとミッシーで追い詰めよう。
「しっかりしろ! この前みたく二人で倒すぞ!」
「わ、分かった!」
な、ん、で、ほっぺが赤いんだよ!! でも、やっと正気に戻ったようだ。
互いに視線を交わして散開する。ジーンを挟撃するために。
「てめぇ……。やっぱりエルフと組んでたのかっ!!」
ジーンは俺を標的とし、声にならない咆哮をあげた。
「組んでるも何も、あんたたちには騙されたしな」
「はっ! 知れば動揺すると思って、こっちは気を使ってたんだぜ? てめぇはエリスを生き返らせたって情報もあるし、こっちに付いてもらいたかったんだがなぁ」
確かに動揺したさ。獣人があんなに残虐だとは思ってなかったし。
「獣人に
「そんな
「……だからなんだ」
「これは戦争なんだよ」
その言葉と共に、ジーンが突進を開始した。
だけど、背後の注意を怠ったな……。
「ぐはっ!?」
ジーンの背中で爆発が起こり、腹部に風穴が開いた。中身が飛び散り、血肉が俺にへばり付く。
ミッシーの爆発する矢が、ジーンの急所を捉えたのだ。
「ぐぅぅぅ……。俺の牙はソータ、貴様を殺す!!」
ジーンの腹の穴は、先にある枯れた木々が見えるほど大きいのに、倒れずに向かってくる。
だが、それもわずかに残った力を振り絞ったのだろう。ジーンの瞳から輝きが消えていく。
「――先に逝く。シェール……すまん」
その言葉を残し、ジーンはヘッドスライディングするように地面を滑って俺の前で止まった。その巨体はぴくりとも動かない。呆気なく即死か……しかし。
「おらぁぁ!!」
ジーンから分離したデーモンを、魔力の拳で即座にぶん殴る。
「お?」
黒い粘体になって弾けると思ったが、片手で受け止められた。
俺はその手を振りほどき、後ろへ飛ぶ。
ジーンに憑依していたデーモンは、俺と変わらないくらいの身長だ。他のデーモンは小柄だったが、どうやらこいつは他と違っているみたいだな。
邪悪な気配が膨れ上がり、俺に向けて巨大な火球が放たれた。大きめの水球を出して迎撃するも、次の火球が迫っている。
こりゃ、また大変そうだ……。
水球を出しながら、そんな考えが脳裏をよぎると、デーモンの頭が爆発した。その向こうには、ミッシーの姿がある。彼女が放った矢のおかげだ。
おかげで俺は血まみれの黒い粘体まみれ。リキッドナノマシンがそれを分解し除去している。
「もういっちょ!!」
首から上がなくなったとはいえ、こいつはデーモン。
魔力の拳が効かないのなら、すぐに元の姿に再生するか、エリスのように黒い球体に変化するはず。
――バチン。
だから風の魔法で静電気を起こして、拳を帯電させながら殴りつけた。
『はは、効かぬな。我が名はバルモア。軍団の団長ぞ!!
また受け止められた上に、頭が生えた。というかジーンが憑代だと? 神でもないデーモン風情が、憑代なんて言葉を使うんじゃないよ。
それと、わざわざ名乗るのは、何か意味があるのか? かっこつけか? こいつらの目的は何だ?
疑問が溢れ出す。
だが考えている暇はない。どでかい火球が連射され始めたからだ。
こいつがもし、アリスと同じくらい強いのなら、雷の魔法で倒すしかない。
しかし、辺りはさっき使った水の魔法でびしょ濡れだ。
こんな所に雷が落ちたら、みんな感電してしまう。
火球を避けきれなくなって障壁で耐えているが、俺以外に狙いを定めたら大変だ。
ターゲットを俺に固定するため、ちょこまか動いて電気の拳で殴る。そんな一撃離脱を繰り返していると、周囲のワニ顔の獣人たちが倒れ始めた。
「ミッシー! 周囲のエルフたちと一緒に、ここから離脱しろっ!!」
さすがSランク冒険者。危機的な状況を察知したのか、ミッシーは俺の言葉と同時に動き始めた。
倒れたワニ顔の獣人たちからデーモンが起き上がり、バルモアと名乗ったデーモンと結合してひと塊になり始めたのだ。
強烈な悪意を膨れ上がらせるバルモアは、他のデーモンを吸収し、真っ黒な球体へ変化していく。
これは絶対に、何か仕掛けてくるはず。
焦る気持ちを抑えながら、他に何か手が無いかと考える。
他のデーモンを吸収しているバルモアは、すでに宙に浮かび上がって黒い球体に変化している。
電気の拳で殴ったせいで、バルモアの表面を紫電が走っている。……帯電してる?
「それならば、先手必勝!」
バルモアが、マイナスの電荷を帯びるようにイメージする。
上手くいきそうだ。
上空にあっという間に雲が集まってきた。
あれはクーロン力で引寄せられた、プラス電荷を持つ雲。
ははっ、雷の仕組みを真逆に出来るなんて、魔法恐るべし。
魔力を使って、バルモアから前駆放電が起きないように抑えつける。絶縁破壊電圧を超えないように。
周囲にオゾン臭が漂い始めると、俺の体内からごっそり魔力が引き抜かれた。
軽くめまいを感じると同時に、バルモアが浮いている地面から極太の紫電が空に向かって放電した。
とてつもない轟音は衝撃波となって、周囲に居る俺たちの聴力を一時的に麻痺させる。
今回は地上から空に打ち上がるだけの放電現象だ。雷と違って、電気の流れが逆で、かつ雲からお迎えの雷撃は来ない。よって、周囲のエルフたちに被害は無し。
唯一、雷放電の通り道となったバルモアは大ダメージを受けている。
力なく地上へ落ちて薄く広がっていくと、バルモアの邪悪な気配が消えた。
「ふう……」
雷の魔法は大量の魔力を消費するから、少し目まいがするんだよな。今回のは雷ではなく、ただの放電だけど。
辺りには倒れた獣人がたくさん居る。獣人の顔に戻っているのは、デーモンがその身を離れたからだろう。泡を吹いているのは何でだ?
「……」
目の前に転がっているジーンの遺体を見て、思うところはある。独立国家を作りたいと言っていたな……。ジーンにはジーンの目指す目標があり、それが正義であり善であったのだろう。デーモンを召喚して、エルフを喰わせていたとしても。
冒険者ギルドでは、いいやつだと思っていたのにな……。
ジーンの本質は善だったのかもしれない。悪意のない純粋すぎる善は、周囲にとって悪となり得る。善と悪は相対的なもので、立ち位置によって変わってくる。そういう事なのかもしれない……。
目の前で知り合いが死んだというのに、涙も出ない。血まみれな遺体を見ても吐き気すら起きない。
やはり俺は変わったのだろうな。
「ソータ! 大丈夫か?」
ミッシーの声が聞こえる。こんなとこでボーッとしている場合じゃない。
「ああ、平気だ! そっちは?」
「ああ……」
また歯切れが悪いな。
俺とバルモアからだいぶん離れた位置にいるミッシー。彼女の周りにエルフたちが集まっている。
その視線は俺ではなく、別の方向を向いていた。
エルフたちが立っている場所は少し盛り上がっていて、先が見えない。
彼らの視線の先で、何か異常が起きているようだ。
「……なんだよこれ」
ミッシーの横に立ってその先を見ると、エルフの軍は壊滅状態だった。
吊り橋がほとんど落とされ、巨木も倒されている。そこには、数百名で戦っても余るほどの広場が出来ていた。
地上に降りたエルフたちは、デーモンが憑依した獣人たちに蹂躙されている。拙いなこれは……。
真っ黒に焼け焦げた、ベナマオ大森林の光景が甦る。
「母さん……」
全滅はしてない。だが、エレノアとマイア、それに付き従うエルフが数名、大勢のワニ顔に取り囲まれていた。
いまも戦っているが、どんどん食い殺されている。
「あいつもいるのか……」
どこから現われたのか、さっきまで居なかった兎獣人のシェールがいる。
いや、冥界のゲートをくぐってきているみたいだ。他のワニ顔が歪んだ空間から飛び出してきている。
ここからじゃ距離があるし、ワニ顔の包囲網は分厚い。
俺たち十人くらいで一点突破し、マイアとエレノアを助ける事ができるのか……。
「ゆくぞ!!」
「あ、ちょっと待て!!」
ミッシーの声で、エルフたちが突撃していった。
何か作戦があるのか?
すぐに見つかって、ワニ顔の獣人たちの火球が飛んできている。
突っ込んでいくエルフたちは、次々と火球の直撃を食らって数を減らしていく。
とりあえず俺も行こう……。
風が強い。暗雲が垂れ込める空を見ると、今にでも嵐になりそうだ。俺のせいだけど。
枯れ果てた世界。薄暗く重苦しい空気は、あまりいい気配ではない。
ミッシーたちにようやく追い付いた。
「おい、なんか考えがあるんだろうな?」
「ない!! 母さんを助けるためには、一刻も早くこいつらを突破しなければ!!」
まさかの無策。
他のエルフたちも、突撃しているだけのようだ……。
ただ突撃するだけでいいのか?
こんな戦争まがいの事はやった事がないが、なんか違う気がする。
まあでも、素人の俺が口出しできるわけじゃないし、そもそもミッシーは母親を救出しようとしているのだ。
「ちょっと失礼」
「あ、おいソータ!?」
ミッシーを追い越して前を走る。俺はさらに前傾姿勢になって、速度を上げていく。
ワニ顔たちは当然、俺たちに気づいている。エレノアとマイアはまだ頑張っているが、時間がない。次の瞬間食い殺されてもおかしくない状況なのだ。
だから俺は加減をせずに衝撃波を使った。
反作用がない衝撃波なんて、完全に物理法則を無視している。だが、その効果はとんでもなかった。
ドーナツ状に取り囲んでいるワニ顔たちの半分近くを、今の一撃で吹き飛ばす事ができたのだから。
ぐしゃぐしゃになって血飛沫を飛ばしながら、たくさんのワニ顔が死んだ。ああなったら、憑依しているデーモンもただじゃ済まないだろう。
そんな光景を見ても、何も感じない。
もっと優先すべき事があるからだ。
エレノアとマイアを助けたい。
……言い訳だ。
デーモンが憑依しているとはいえ、ニンゲンを殺しても、本当に何も感じなくなっている。
もう一度衝撃波を放つと、周囲のワニ顔はほとんど居なくなった。
「……クソが!!」
見通しがよくなると、五メートルはあるワニ顔の獣人――シェールがマイアの頭にかみ付いたところだった。
その瞬間マイアの首と身体は、簡単に二つに分かれた。それはまるで、夢の中で下手くそな演劇を見ているようで、何の実感もなく微塵も現実味がない。
張り詰めた意識で、時間が引き延ばされていく。
だがそれは俺が感じた時間であり、目の前の現実が変わる事はない。
マイアの首は完全に胴体から離れて、噴水のように血が噴き出した。
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