第32話 立ち位置と覚悟

 俺たちは、別のツリーハウスへ移動したところだ。サラ姫殿下を護衛するのは、長老五人と近くにいたエルフ三人。


 ――――ズドン


 おいおい……。なんか凄い爆発が起きたぞ? 衝撃波まで来たし、……ありゃたぶんこの前エリスが使った魔法と同じだ。


 遠くの吊り橋が切れて、枯れた巨木が倒れていく。

 今の爆発で、大勢のエルフが死んだみたいだ。地上に落ちたエルフたちは応戦虚しく、ワニ顔が群がって食い始めている。……悽惨な光景だ。


「そろそろ腹を括らないといかんな……」


 俺はこの世界に来て自分優先で動こうとしていたが、その場の雰囲気で流されまくっている。

 その結果、獣人の残忍さを見抜く事ができなかった。俺に対して、エリスたちはデーモンがバレないように取り繕っていただけだった。


「怖い顔してどうしたの、ソータくん?」


 サラ姫殿下にこの光景を見せまいと、長老たちが並んで視界を遮っている。


「根無し草じゃやっていけないな、と思ってさ……。あっ! すみません、サラ姫殿下!」


 タメ口を利いてしまい、まずいと悟る。ボリスたち長老の咎めるような視線が俺に刺さる。


「え~っ、やめてよ~。初めての騎士様なんだから、お友達のように砕けて話してよっ!」


 騎士様になった覚えはないけど? でもフレンドリーに接した方がいいのかな? というか、いきなり懐きすぎな気がする。やっぱ王女って立場だと、友達出来ないのか……? それなら少しくらいフレンドリーに……。いやいや、長老たちの視線はまだ刃のままだ。


「姫様、そう言う訳にもいかないのです……」


 サラ姫殿下は、ほっぺを膨らませてプイッと顔を背ける。んーむ。ご機嫌取り難しいね。幼すぎるし、この子はいくつなんだろう?


 ――――ドン!


 移動したツリーハウスに振動が伝わってくる。窓から下を見ると、また火が着いていた。流れ弾なのだろう、すぐさま水球を作って消火する。

 遠くに見える戦闘は激化している。ミッシー、マイア、エレノアの安否は不明だ。


「わっ!? さっきも思ったけど、ソータくんの魔法って、魔力が動かないのねっ!」


 姫様が驚いているのは置いといて、激戦区の火を何とかしなければ。この周囲の草木は全て枯れているので、火の回りが早い。


「わはーっ! すごーい!」


 冥界で使ったでかい水球を百個作って、空に打ち上げる。

 しばらくすると、バケツをひっくり返したような雨が振りだし、燃え上がる炎を消していく。


 背後で長老たちが息を飲む気配がする。この魔法はエルフの長老でもそうなるくらい強力なのだろうか。

 だからと言って、出し惜しみはできない。エルフたちが焼け死んでいるのだから。



 今の魔法のせいで、獣人たちの標的が俺に変わったようだ。ワニ顔の獣人たちが駆けてきている。



「ボリスさん、サラ姫殿下と避難してください」

「大丈夫か?」

「大丈夫です」


 ボリスとのやり取りを簡潔に済ませ、俺はツリーハウスから飛び降りた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「あいつだっ!! ジーンに知らせてこい!!」


 風の魔法で地面に降り立つと、すぐに見つかった。五人ひと組の部隊が三つ。連絡のためひとつが離脱した。

 というか、あいつって俺の事か? そうなると俺を追って、エルフの里に来た可能性があるな……。


 十人のワニ顔が、一斉に火球を放ってくる。アリスが使った大きな火球ほどではないが、数が多い。それに爆発するので、俺も負けじと大きめの水球で迎撃していく。


「あのヒト族、動きが速いぞっ! 連射に切り替えっ!」


 リーダー格のワニ顔が指示を出すと、一気に火球の数が増える。拳大の火球が連続で放たれ、まるで蛇のようにのたうちながら迫ってくる。


「クソッ!! 障壁張りやがった!」


 幾十もの火球は、全て障壁にぶつかって爆発していく。

 前のように、水球の中に入ると息が出来なくなる。それを見越して障壁を張ったが、どうやら正解のようだ。


「ぐっ!?」


 ワニ顔獣人の一人が、胸をかきむしりながら倒れていく。首から上の空気を抜いたからだ。エルフの二人にやったときは加減が上手くいかなかったけど、今回は上手くいった。


 残り九人の空気を抜いて倒していく。


 しかし……。


 ワニ顔の獣人は、意識が無くなって全員倒れた。身体が動かせなくなった事で、黒い粘体――――デーモンが姿を現したのだ。


 倒れた獣人から起き上がった十体のデーモンは、すぐさま俺に飛びかかってきた。邪悪な気配をまき散らしながら。


 魔法で攻撃という手段も忘れているのか? 憎悪にまみれたワニ顔のデーモンたちは、ただ噛み付いてくる。

 すれ違いざま、魔力の拳を叩き込んでいく。

 すると破裂して墨汁のような真っ黒な液体をまき散らし、邪悪な気配が消えていった。


 残りの九体も我を忘れたように襲いかかってきたが、魔力の拳で難なく倒す事ができた。


 さっきも思ったけど、アリスほどの強さを感じない。個体差があるってことかな。

 おかげで十体のデーモンは楽に倒せたけど。当たり前か。ニンゲンだって個別に能力が違うんだし。


 吊り橋を見ると、サラ姫殿下の一団はかなり遠くへ移動していた。シェルター的な場所があるのだろうか。

 俺はミッシーたちと合流しなければ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ワニ顔の獣人が一斉に放った巨大な火球は、エルフたちがいる吊り橋を落とし、巨木を破壊していった。

 すんでのところで落下を免れたミッシーは、落ちていく母とマイアを見て、迷いもせず飛び降りる。


 ただ、彼女たちが使う風の魔法では、空を飛ぶ事が出来ない。あくまで補助的な使い方でしかないのだ。

 よって、着地したミッシーは、離れた場所に落ちた母とマイアの姿を確認する事が出来なかった。


 突如大雨が降り出し、燃えさかる炎が消えてゆく。

 ソータの魔法だと分かったミッシーはホッとした表情を見せるも、すぐに腰を落として構えた。

 すでにワニ顔の獣人に取り囲まれ、他のエルフたちは戦闘状態だったからだ。


 エルフの里ではない冥界では、ワニ顔の獣人たちが圧倒的な力を見せている。

 ミッシーは弓を背負い、レイピアとマインゴーシュを抜く。


「厄介な事になった……」


 そう呟くと、ミッシーの姿が周囲の風景と同化してゆく。

 スキル〝同化アシミレイト〟を使ったのだ。

 同時に気配を消したミッシーは音も無く動き、ワニ顔の頭にレイピアを突き刺していく。


 ワニ顔の獣人たちは騒然となり、リーダー格が声を上げる。


「いまのエルフは、元ギルマスだっ!! 何としてでも殺せ!!」


 ミッシーの顔は獣人たちに知れ渡っている。

 しかし姿も気配も消したミッシーの姿を見つける事が出来ず、ワニ顔の獣人たちは次々と額を貫かれて倒れていった。


「これは……」


 倒した獣人から分離するように起き上がったデーモンを見て、ミッシーは警戒を強める。

 途端に邪悪な気配が辺りを覆っていく。他のエルフが倒した獣人からも、デーモンが起き上がっていた。


 次の瞬間、これまでと比べ物にならない巨大な火球が飛び交い始めた。

 その魔法を使っているのは、もちろんデーモンたち。


 ミッシーは風の魔法でデーモンを斬り刻んでいく。しかし、デーモンは首を斬り落とされても、すぐに別の頭が生えてくる。


 デーモンは元々黒い粘体だ。エルフが得意とする、風の魔法が通用しない。

 先日の事を思い出してミッシーは愕然とする。


 あたりを見渡すと、仲間のエルフが次々とデーモンに食い殺されていた。


「クソッ!! 全員引け! 体勢を整える!!」


 ミッシーがその場を離脱しようとしたその時、背後に巨大な何かが降り立った。

 同時に強烈な殺気を感じると、避ける間もなく左腕に重い衝撃を食らう。


 何者かに蹴り飛ばされた。

 気配を消し、スキルで姿も消していたのに。


 吹っ飛びながらそう考え、ミッシーは強烈な危機感を持つ。


「がふっ!?」


 枯れた巨木に叩きつけられ、肺の空気が押し出される。

 そしてミッシーの目に映ったのは、身長三メートルを超える巨大なワニ顔の獣人だった。


 それは、冒険者ギルドで何度か見かけた、虎獣人のジーン・デイカー。顔の形はワニに変化しているものの、その圧倒的な存在感は間違えようがない。


「久し振りだなぁギルマス」


 人の声帯では発せない音が混じるジーンの低く響く声は、涎を垂らす牙の隙間から漏れていた。


「……やはり貴様か」


「てめぇはなぁ、うちのギルマスを殺した容疑が掛かってんだよなぁ」


 ミッシーが元々居たギルドマスターを殺害していると、ジーンは感付いているようだ。


 ジーンが腰を落とし構えると、両手の爪が伸びていく。

 八本の長い爪は、ソータに攻撃したときよりも長く鋭い。


「……死ね」


 デーモンを憑依させたジーンは冥界で力を増し、巨体を感じさせず突風のように動いた。


「速いっ!?」


 長い爪で斬りかかったジーンをギリギリで躱すミッシー。

 ジーンの攻撃をレイピアで受け流そうとして失敗。

 爪が触れた瞬間にレイピアは小枝のように折れてしまう。


 ミッシーは元々Sランク冒険者だ。

 そのミッシーが驚愕する動きでジーンは動いている。


 間を置かず次々と繰り出される斬撃を躱しながらも、ミッシーは追い詰められていく。

 風の魔法を使おうにも、そちらに気を取られた瞬間、斬り刻まれてしまうだろう。


「っ!?」


 あまりの連続攻撃で、地表に出た木の根に躓いたミッシー。

 体勢を崩すどころか、その場で転んでしまう。

 その隙を逃さず、ジーンの爪が迫った。


「ぐほぁあ!!」


 ミッシーが斬り刻まれる直前、何かに弾かれたようにジーンの巨体が吹き飛ばされた。


「大丈夫か?」


 そこにはジーンから目を離さず話しかけてきたソータが立っていた。


 立ち上がったミッシーは、驚きの表情でソータを見つめる。


「……どうやって」


「お前の気配は消えてなかった」


 ソータの言葉で、ミッシーは理解する。

 ソータには、スキル〝同化アシミレイト〟が見えていたのだ。


 二人の会話を聞きつけたジーンが、のそりと立ち上がる。

 鼻血を垂らしながら、ジーンは笑みを浮かべた。


「ヒト族のガキが、俺様を吹っ飛ばすとはな……」


 怒りに震えるジーンの全身から、黒い靄が立ち上る。

 ソータとミッシーは、その気配に思わず身構えた。

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