第31話 冥界の獣人とエルフの里

 落下する感覚からの着地。今度は上手くいった。おそらく今の黒い光が原因で、冥界に移動したはずだ。

 巨木やツリーハウスの配置は、エルフの里と変わらない。ただし草木は枯れ、暗く荒れ果てている。また来てしまった、面倒くさい世界へ。


 枯れた巨木に隠れて見ると、エルフが吊り橋に陣取り、ワニ顔が地上にいる。位置関係が同じって事は、この不利な状況を打開するために、獣人たちがこの世界に連れ込んだっぽいな。その鍵はおそらくデーモンの魔法だろう。


 よく見ると、ワニ顔はみんなどこかしら血を流している。さっき戦ったワニ顔と違うのは、意識がはっきりしているところか。

 デーモンが憑依すると、意識が保てなくなるのかもしれない。そうならないために、足を刺したり腕を切ったりしているのだろう。


 リーダーっぽいワニ顔が、散らばったワニ顔を集合させている。対してエルフたちは、エレノアの声がする方へ向かった。


「いてっ!?」


 俺の頭に小石か何かが当たる。上からだ。

 ツリーハウスを見ると、長老のボリスがいた。投げたのは彼だな。隣にはさっき逃げたエルフの子供がいる。助かってなによりだけど、もしかしてエルフの里みんなこっちの世界に来ちゃってるのかな? 他の長老たちも顔を出してるし。


 ミッシーとマイアが無事なのか気になるけど、めっちゃ手招きされているので、一旦ツリーハウスに行こう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ソータ、ここがどこか分かるか?」


 長老たちがいる部屋に戻ると、険しい顔のボリスが聞いてきた。


「たぶん冥界?」


「……冥界?」


 オウム返しに言ったボリスは、眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。他の長老たちは立ち上がって奥の部屋へ消えていく。なにやらエルフの里に伝わる文献を調べるそうだ。ここ違う世界だけど、エルフの文献があるのだろうか?


「……」


 エルフの子供が俺をジッと見つめている。親御さんは無事なのだろうか?

 これくらいの子供だと、怖くて泣きだしそうな気がするけど、全然平気そうだ。


「ソータくん、ここがどこなのか知ってるみたいだけど、来た事あるの?」


「多分ね。昨日ミッシーと一緒に来た世界と同じっぽい」


 エルフの子供が、あっけらかんとした顔で聞いてきた。というかソータくんだなんて、久し振りに呼ばれたな。あと、名乗らないのはエルフの常識なのか?


「んじゃ出口分かる?」


「わからないな。探さなきゃだ」


「……だってさ、じい」


 エルフの子供は俺から視線を外し、ボリスに向かって話しかける。てか、じい?

 当の本人は、じいと呼ばれて一瞬動きが止まった。なんだろう、少し緊張した風に見えるけど。


「じい……。ソータくんは信用できると思うよ?」

「いや、そうですけど……」


 何の話をしてんだ? 長老の方が敬語を使ってるし、立場が逆なの?


「ソータくん、あたしね、ここに居候してるんだけど――」

「わーっ! 待ってください姫様!!」


 エルフの子供の言葉に慌てて、かぶせるように喋ったボリス。何を隠そうとしているのかと思えば……姫様ねぇ。

 族長や長老がいるんで、村社会だと思ってたけど、ちょっと違ってたのかな? いや、そんなものなのか?


「いいの。ここから出るためには、ソータくんに協力してもらわないといけないでしょ? だから私がちゃんと身分を明かして、お願いするのが筋じゃない?」


「そうですな……。では改めまして――」


 すんごい渋々話し出すボリス。俺はこの里に昨日来たばっかりの異世界人だし、気持は解らなくもない。


 エルフの子供の名前は、サラ・ルンドストロム・クレイトン。エルフの国、ルンドストロム王国第二王女だそうだ。

 訳あって、この里に居るという。


 開示された情報はそれだけだ。王女がボリスにもっと喋れと言っているが、頑として口を開かなくなる。

 俺としては、もっと知りたい気持ちもあるけど、無理して聞き出すような事でもない。


「ではソータくん、改めまして」


 ちびっ子が手の甲を差し出した。何だこれ? 握手じゃないよな? 儀式?


「はーやーくー! 片ひざついて、私の手にキスしてっ!」


「何言ってんの?」


「えーっ!? 私の騎士になってもらおうと思ったのにぃ!」


 王女はそう言いながら、俺に手を突き出す。ちびっこいので、立ってる俺の口には届かない。ふははは。ガキンチョめ。

 さっき会ったばかりなのに、騎士になれだなんて、さすがにダメでしょ。俺的にもエルフの国的にも。


「ボリスさん、どうします? みんなエレノアさんの元に集まって、獣人に憑依したデーモンと戦っているみたいですけど」


 しれっと話題を変える。お姫様はほっぺを膨らまして、俺をつっつき始めた。


「デーモンはエレノアに任せよう。ワシら長老は、姫様の護衛も任されておるからな。ここを動くのは、脱出の時じゃ。それとな、サラ姫殿下とお呼びするのじゃ。間違ってもガキンチョ呼ばわりするな。不敬罪で死罪もあるからな?」


「ひょっ!? 了解しました。というか出口を探すのが先かな。ボリスさんたちは待っててください。ちょっと行ってきま――――」


 ものすごい爆音が響く。その瞬間頭をよぎったのは、アリスの巨大火球だ。もしあの魔法をデーモンが使ったのなら、枯れ木になっているこの森はあっという間に火に包まれてしまう。

 慌てて窓から外を確認すると案の定、このツリーハウスを支えている巨木が燃えていた。あっという間に炎が上がってくるのは、巨木が枯れて水分が少ないからだろう。


 流れ弾か?

 周囲は大小様々な火球が飛び交い始めている。火の魔法を使っているのは、ワニ顔の獣人たちだ。エルフは風の魔法と弓矢で応戦しているけど劣勢だ。ミッシーのように戦えるエルフばかりではない。戦闘に参加していないエルフたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。


 この事態は完全に想定外だったみたいだ。避難誘導するエルフが誰もいない。


「ソータくん、逃げるよ~」


「今行きます」


 振り向くとサラ姫殿下と長老たちが、ドアを出ようとするところだった。吊り橋を使って逃げるのだろう。

 ボリス以外の長老は、さっき探しに行った文献を山のように抱えている。


「……大丈夫これ?」


 この世界だからなのか、吊り橋はぼろぼろだ。エルフの里では、頑丈そうなロープと割り木で作られていたけど大違いだな。


「風の魔法で、飛ぶように歩くのじゃ」


 なるほど魔法か。ミッシーたちはこの高さから飛び降りたし、さっき真似して俺も風の魔法で着地できた。汎用人工知能はこれを、効率の悪い浮遊魔法と言ったな。


 ボリスを先頭にして、吊り橋を渡っていく。もちろん魔法で身体を少し浮かせながらだ。


 あっという間に燃え広がる炎は、ツリーハウスを燃やしていき、大量の煙を出している。

 吊り橋まで燃えたら大変だ。


「わっ!? ソータくん、水属性の魔法も使えるんだ!!」


 立ち止まって水球を飛ばして消火すると、サラ姫殿下の驚く声が聞こえる。


「消火してもらって助かる」


 ボリスの言葉に頷いて、俺は急いで吊り橋を渡りきった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ツリーハウスや吊り橋に、千を超えるエルフが集まっている。中心にはミッシーとマイア、それに指揮を取るエレノアの姿があった。


「ここは、ソータと来た冥界で間違いない」


 そう言ったミッシーは、一呼吸置いて続ける。


「母さん、マイア、この場は撤退して、元の世界へ戻ろう。この世界で、デーモンの攻撃はかなり強力だった」


 ミッシーの表情は真剣で、有無を言わせぬ迫力がある。周囲のエルフたちはもちろん、エレノアとマイアも、そんなミッシーを見て息を飲んだ。


 ――――ドンッ!!


 突然大きな爆音と共に、吊り橋が破壊される。そこに居たエルフたちはバラバラと落ちていくが、風の魔法で上手く着地している。

 しかし、巨木に隠れていたワニ顔の獣人たちが火球を放ち、エルフたちは次々と倒されていった。


「地の利を生かして応戦しろっ!! こっちの人数は奴らの四倍!!」


 エレノアの号令で、高い位置からの攻撃が始まる。弓矢と風の魔法を駆使した攻撃は、地上に居るワニ顔の獣人たちを倒していく。

 しかし――――。


「テメエらっ、起きろ!! 手はず通り、五人ひと組で動け!!」


 巨木から姿を見せた大きなワニ顔の獣人――ジーンが、地響きのような大声で叫ぶ。

 するとエルフの攻撃で倒されたワニ顔の獣人たちが起き上がり、咆哮を始めた。

 ニンゲンの声帯では発する事ができない音も混じっているのは、デーモンが憑依しているからなのだろう。


「ソータはどこだ? あの野郎は俺が仕留める!!」


 ジーンだ。副長のシェールが一度死にそうになった事で、彼は激怒していた。彼は血まみれで起き上がったワニ顔たちに、巨木に隠れるように指示を出しはじめた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「また膠着状態か……」


 エレノアがそう呟くと、ミッシーの悲鳴に近い声が木霊する。


「違うっ!! 全員その場から退避しろ!!」


 同時に、五人ひと組になったワニ顔の獣人から魔力が膨れ上がった。


爆裂火球エクスプロージョンが来る!!」


 マイアも大声で危険を知らせる。

 そんな事構わず獣人たちは、木の上に集結しているエルフに目がけて、魔法を連射し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る