第30話 獣人の襲撃

 ベナマオ大森林にある巨大きょだい瀑布ばくふの裏に、ジーン・デイカー率いるゴライアスのメンバーが屯していた。ここでエルフの軍が消えた事で、ジーンはゲートの存在を確信したのだ。


「ソータの野郎、エルフと組んでたのか……? お前ら、デーモンを使って隠蔽魔法の痕跡を探せ!」


 ジーンはソータを捜索するために、レギオンを二手に分け、半数の二百五十名を、副長のシェールに任せている。ここにいるのは、ジーン率いる二百五十名だ。


「ジーン!」


 メンバーの一人が声を発した。デーモンがゲートを見つけたのだろう。


「バルモア、頼んでいいか?」


 ジーンは自身の血を使って召喚したデーモン、バルモアに隠蔽魔法を破らせるようだ。彼らは苦手な魔法を補うため、デーモンを使役しているのだ。

 虎獣人のジーンを小さくしたようなデーモンは、愛らしく返事をして隠蔽魔法陣の前に立った。


 舌足らずな発音で呪文を唱えると、ガラスが割れるような音と共にゲートが開く。ただ、デーモン以外にはゲートが見えていないようだ。


「バルモア、前にゲートがあるのか?」


 ジーンの声に、かわいい笑顔でバルモアが頷いた。


「俺たちがデーモンを使役している事がエルフにバレてるからな。遠慮はいらん、エルフは全員喰らい尽くせ!!」


 ジーンの号令で、ゴライアスのメンバーとデーモンたちが、次々とゲートに入っていった。

 それを見ながらジーンは少し緊張気味の表情を浮かべる。ベナマオ大森林における二大勢力の一つ、エルフの里に真っ向から攻め入るとは思っていなかったからだ。


「サンルカル王国にデーモンがバレちゃ困るんだ。独立国家を作るって夢、壊されてたまるか……」


 ジーンは覚悟を決めてゲートをくぐったのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 なんてこったい……。里に侵入してきたデーモンとエルフで戦いが始まった。


 汎用人工知能が冥界と称した異空間では、アホみたいにデーモンが強かった。しかし、ここはエルフの里。あの空間とは別だからなのか、アリスのような強さは感じられない。

 里のエルフたちが使う風の魔法で、小さな獣人――デーモンは簡単に斬り刻まれていく。


 だけど、簡単に死なないようだ。

 小さな獣人の姿から黒い粘体になっても、しばらくすると復活して元の姿に戻るのだ。

 それとは別に獣人たちは、疾風しっぷう迅雷じんらいの勢いで、エルフたちを翻弄していた。


 森の覇者はエルフだけではなかったという事だろう。


「いい度胸だ……我らの里に押し入ってくるとは」


 窓から現状を見ていたエレノアは武器を手にして、ツリーハウスから飛び降りる。大丈夫なのか? ここ十階建てのマンションくらい高いのに。

 あ、風の魔法……。どんな使い方なのか分からないけど、落下速度が減速し、エレノアはゆっくりと着地した。


『非効率な浮遊魔法を確認。解析と改善が完了。風の魔法で空が飛べます。使用しますか?』

『飛ばないからな?』



「私もっ!!」「助力します!!」


 ミッシーとマイアまで飛び降りた。もちろん武器を持って。長老たちは行かないみたいだけど、なんだかソワソワしている。獣人より別の事を心配しているのか、窓から身を乗り出してキョロキョロと辺りを見回す。誰かを探しているっぽいな。


 武装したエルフたちが、吊り橋で移動している。手に持つ弓で獣人たちを射りながら。


 エルフに加勢した方がいいかな? 獣人たちに一泡吹かせたいという気持ちもあるし。

 ただなぁ……。俺が行くと、組織だって動いているエルフたちの邪魔になりそうな気がするんだよな。


「――あれはっ!?」


 さっき俺に手を振っていたエルフの子供が、剣を持ったワニ顔の獣人に追われている。近くにいた保護者が見当たらない……。

 俺は階段に向かって駆け出したのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 森の中に入ったゴライアスのメンバーたちは、高い位置から弓で射られて隠れるしかなかった。エルフの里で十全に力を出せないデーモンたちは、射られながらも魔法で反撃を試みる。

 エリスの強力な魔法は、冥界ならでは。この場におけるデーモンが使う魔法、火の玉ファイアボールは単発で小さく、風の刃ウィンドカッターは威力不足だ。


 ――――やるしかない。


 仲間の獣人が次々と倒れていく中、ジーンは最終手段を執ろうと決心する。


「バルモア、いいか? 残念だけど、俺たちはデーモンを完全に制御できない。身体を預ける」


 ジーンの言葉で、バルモアは邪悪な笑みを浮かべ、黒い粘体に変化した。

 それを両手ですくってジーンが飲み干すと、表情が虚ろになって身体が変化していった。


「ぐっ!」


 ジーンは腰に刺したナイフを引き抜いて、自分の太ももに突き刺す。正気に戻すためにやったのだろう。


「バルモアを憑依させて、飲み込まれちゃ本末転倒だ! おっしゃあぁ!! テメエら、エルフ共を引きずり込め・・・・・・!!」


 虎の面影はなく、ワニ顔に変化したジーンの咆哮が森に響き渡った。

 その声を聞いたゴライアスのメンバーは意を決し、ジーンと同じく黒い粘体を口に運んでいく。


「よしバルモア、ゲートを開いてくれ!!」


 ジーンの声で、エルフの森に散らばる獣人たちが、黒い光で繋がっていく。

 木の上からエルフたちの動揺する気配を感じながら、ジーンは口角を吊り上げるのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 いきなりの襲撃で押され気味だったエルフたちは臨戦態勢が整ったのか、獣人たちを足止めしている。高い位置から地上に射る矢は、獣人たちに雨あられと降りそそぐ。

 多くの獣人とデーモンは巨木に隠れているが、そこから出ようものなら即座に蜂の巣となるだろう。


『のんびりしてると、あの子が危ないですよ?』

『分かってるって』


 エルフの子供は、俺の姿を見てこちらに向かっている。スキルを使っているのか、めちゃくちゃ足が速い。ワニ顔の獣人が追い付くまで、なんとか間に合いそうだ。

 というかあのワニ顔、冥界で見たアリスに似てるな。


 しゃがんで足に力を入れる。

 目標はワニ顔の獣人。


『筋肉が損傷しています』

『ああ、分かってるって』


 限界まで力を込めた俺は、それを一気に解放する。

 地面を蹴ると同時に、とんでもない速度で水平に飛んでいく。

 エルフの子供は、そんな俺を見てヘッドスライディング。

 その上を飛び越え、俺はワニ顔に拳をたたき込んだ。

 時間が引き延ばされたような、不思議な感覚になっていく。

 ゆっくりひん曲がっていくワニの顔。

 同時に、顔面の骨の折れる感触が伝わってきて気持ち悪い。


「大丈夫か?」


 吹っ飛んでいくワニ顔を確認し、エルフの子供に声を掛けた。


「うん平気! ありがと!」


「この上に長老たちがいる。そこに行くんだ、急げ!」


 エルフの子供を誘導する。


「はーい!」


 緊張感ないな……。ニコニコ笑顔で、エルフの子供はツリーハウスの階段を駆け上がっていった。


「おっと!」


 エルフの子供を見送っていると、背後から剣で切り付けられた。

 たった今ぶん殴ったのに、回復が早いな……。

 だけど近づいた気配が丸分かりだったので、避けるのは簡単だった。


「動けるのかよ……」


 ワニ顔は頭から血を流しながら剣を構えている。

 その目は虚ろ。まるで意識が無いように見える。


 これまで何となく素手で乗り切ってきたけど、俺も何か武器を持った方がいいのかな……。

 斬りかかってくるワニ顔の剣を避けながらそう思った。汎用人工知能が最適化している俺は、武道の経験が無くてもスムーズに身体が動く。だから武器を持つなんて考えてなかったんだよな……。


「っ!?」


 ワニ顔から拳大の火球が、詠唱無しで飛んできた。一瞬だけ気配が二つになったのは……エリスが祈りを捧げていたときと似ている。


 ワニ顔は火球を避けた俺に、上段の剣を振り下ろしてくる。

 右足を引いてかわした。

 軸足を切り替え、左足で蹴りを放つ。

 鈍く湿った音が弾けた。

 ワニ顔の右大腿だいたい骨が折れたのだ。

 慣れない感触だ、ミッシーの骨を折ったときと同じく。


 体勢を崩したワニ顔に、もう一発蹴りを食らわせた。


「……」


 避けられた。

 顔面を陥没させ、右足の骨も折ったのに。

 痛みを感じてない? いや、やはり意識が無いように見える。

 ふらりふらりと動くワニ顔は、何かに操られているのだろうか?


 ――――ドン!!


 風の魔法で作った衝撃波で吹っ飛ばした。

 死なないだろうけど、とりあえず行動不能にしておけばいい。


「しぶといな……」


 ワニ顔が薮の中で立ち上がる。

 獣人ってこんなにタフなのか?

 今の衝撃波を食らって、まだ戦う気だとは恐れ入る。


 ただ、色々と骨折したみたいで、その動きは鈍い。


 辺りを見回すと、エルフが押し気味だったのに、この僅かな時間で逆転している。獣人優勢となっているのだ。


「おかしいな……」


 そういえば、獣人はデーモンと二人三脚で動いていたけど、今は一人の方が多い。そいつらは全員ワニ顔に変わっている。変化した? ワニの獣人じゃないのか……?


 火球が飛んできた。俺が倒し損なった獣人からだ。

 獣人って魔法が苦手だと聞いたが……、中には上手い奴もいるのか。

 兎獣人のブレナは、たしか回復魔法が使えたはず。

 いや違うなこれは。

 ワニ顔は、今の魔法を使う瞬間、また気配が二つに増えていた。

 おそらくデーモンが乗り移っているか、何らかの方法で憑依しているのかもしれない。


「憑依? アホくさ……とも言い切れないか」


 思わず口に出してしまう。日本に居た頃は、アホくさ、で済ませていたと思う。

 しかしここは、魔法やスキルのある世界だ。

 エルフやゴブリンがいるし、神が実在して冥界も存在する。

 そんな世界のデーモンが、獣人に憑依してもおかしくは無いだろう。

 帰納きのう法でも演繹えんえき法でも、同じ一般論として出る答えだ。


「むっ!?」


 スコン、と間の抜けた音と共に、ワニ顔の頭に矢が突き刺さった。

 木の上から、エルフの誰かが射ったのだろう。

 ワニ顔は、今度こそ絶命したようだ。


「……」


 いやいや。

 やっぱ憑依的な何かで、獣人を操っていたみたいだ。

 倒れたワニ顔から、黒い粘体が分離して起き上がる。

 形はまだ不定形、これから獣人の姿になるのだろう。


 形が定まる前に、拳に魔力を集めてぶん殴った。

 そうすると黒い粘体は、水の入った風船のように弾け散った。


 起き上がってくる気配は無い。アリスの時と同じく、黒い液体となって地面に広がっていく。

 それと同時に、デーモンの気配が消えた。完全に死んだようだ。



 あいつらどこ行ったんだ?

 ミッシー親子とマイアを探しに歩を進めると、周囲に散らばるワニ顔たちが黒い光で結ばれていく。

 何かが起こるのは明らかだ。次の瞬間、落ちる感覚と同時に、目の前がまっ暗になった。

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