第29話 仲間を信じろ
残り三十年……嫌な夢だ。おかげで意識が覚醒して、身体は眠っている状態になってしまった。
二日酔いと似た不快感は、汎用人工知能が脳内で騒いでいるからだ。たぶんもう朝で、目覚まし代わりをやっているつもりなんだろう。やかましい。二度寝したいのに。
『ミッシーが部屋に入ってきます。服を着てください』
「何だと!?」
ベッドから飛び起きると、丁度ドアが開くところだった。
「……」
「……」
朝日が差し込む寝室は、明るく暖かい。少し開けた窓から、澄んだ空気が入ってくる。
互いに無言なのは、たぶん俺が裸だからだ。ミッシーはパンを乗せた皿を持ち、ドアを少し開けて顔を出している。
つか、何でこいつはいちいち顔を赤くするんだ?
「ソ、ソータ、はははは、早く着がえろ」
「ノックくらいしろ。……それ、朝メシ持ってきたの?」
真っ赤な顔を縦に振るミッシー。百六十歳のジジイなのに、そんな反応されるとマジで困る。まがりなりにも、こやつはSランク冒険者。元だけど。だからヒトの裸くらい、何度も見ているだろ?
それなのに、ミッシーはドアから少し顔を出しているだけで、こちらを見もしない。
「……」
着がえて椅子に座っても来ない。だからドアを引っぱって開けると、パンを持ったミッシーの姿があらわになった。
「……」
「……」
スカート? いやいや、スコットランドのキルトか? あるいは女装?
……違うな。白いブラウスの膨らみは、お胸様。小ぶりなそれは、これまで隠していたのか……。晒し布でも巻いて、目立たないようにしていたのだろう。いや、獣人たちにバレないようにしていたのかも? ぬおおっ! 思考がまとまらないっ!!
「つまり、ミッシーは、ば、いや女の子!?」
危ねぇ。百六十歳だから、婆さんと言いそうになった。そんな事言ったら、多分エルフでも怒るんじゃないかな。女性には言ってはならない言葉があるのだ。
真っ赤な顔でコクコク頷くミッシー。はい、女子確定!!
何か喋れよ……。昨日は散々、貴様、と上から話していたミッシーは、どこにも居ない。そんな態度だと恥ずかしがり屋の少女に見えてしまうだろうが。
「ありがとな」
皿を奪い取り、ドアを閉める。いつまで経っても動かないので、強硬手段に出た。
「……ふう、パンの味がしねぇ」
ベッドに座ってパンを噛みしめたけど、動揺して緊張して味覚がなくなっていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺が着ていた革鎧は、手入れをすると言って、昨晩ミッシーに取り上げられた。
部屋に用意された服は、この里の住人が着ている物と同じ。オーガニックコットンかな? 緑色の民族衣装っぽい服に着替えて外に出ると、俺を寝室に案内したエルフの長老、ボリス・リントンが待っていた。何だろうと思っていると、エルフの里を案内するという。
この里は、けもの道のような細道が森の中を走っている。整備された道がないのは、木々に架けられた吊り橋でエルフたちが移動しているからだ。地上を歩いているエルフも居るけど。
昨日と比べ、隠れるようなエルフが居ないのは、俺の存在が周知されたからだろう。子供のエルフが手を振っている。
む……。シエラとスノウが俺を睨んでいる。あいつら逃げ延びてたのか。横に立っているのは、昨日俺を殺せと言っていた長老の一人。
「なるほどね……」
シエラとスノウはあの長老と繋がりがあるのだろう。俺を殺したい気持はよく分かる。一度ちゃんと謝罪したほうがいいだろう。
そんなことを考えて歩いていると、隣のボリスから声が掛かった。
「エルフはな、平均寿命が千年を超えるのじゃ。ミッシーなんてまだまだじゃ」
ボリスは千三百六十歳で、最近長老になったそうだ。性別は男。ミッシーの件があるので、最初に確認した。というか、そんなに長生きして飽きないのかな? 遺伝子とかどうなってんの……。妖精族って事と関係するのか?
「ミッシーは若いって言いたいんですか?」
「――そうじゃ。うら若き女性に裸を見せるとは、手段としては好ましくない。もっと上手くやるのじゃ」
「……う、上手くって、俺はそんな気ないです」
「ふぉっふぉっふぉっ、まっ、そういうことにしておこう」
そういう目で見んな、エロジジイ……。つか、こちとらヒト族だ。百歳くらいでくたばっちまうんだぞ?
森と草原の境目まで来ると、昨日くぐったゲートからエルフが続々と出てきている。武装している彼らは戦士なのだろう。おそらくゴブリンとの小競り合いが終わって、里に帰ってきたのだ。
その中の一人がこちらへ向かってくる。
他のエルフたちと同じく、緑髪にとんがり耳。スレンダーだけど、視線が吸い寄せられる二つの膨らみ。とても美しい女性のエルフは、誰かと似ている気がした。
「よっ! 元気かボリス! あと、そこの黒髪は……」
「はじめまして。ソータ・イタガキです」
「うむ! ちゃんと挨拶できてよろしい!」
元気はつらつ美人エルフは名乗ることなく、握手を求めてきた。
「むっ!?」
手を握ると、思いっきり引っぱられた。前のめりにさせて、こかしたかったのだろうけど、やられてたまるか。
美人エルフは諦めず、俺の手を引っぱってくる。俺も負けじとクネクネ動いていると、突然背中から地面に叩きつけられた。
「……」
何が起こった。特に痛い箇所が無いのは、美人エルフが使った体術のおかげなのか? 俺を見下ろす美人エルフのドヤ顔が鼻につく。
「ふぉっふぉっ、エレノアその辺にしておけ」
「ボリス、このヒト族がうちの娘にたかるハエか?」
ハエって俺の事か? 草の上に寝転がっている俺を指差しているので、違いないだろうけど、なんだこいつ? うちの娘とか言ったな……。
「つまりあんたはミッシーの母親ってことか……」
起きながらそう言うと、ニカッと笑って自己紹介を始めた。
「あたしはエレノア・デシルバ・エリオット。察しの通りミッシーの母親だよ」
ミッシーの母親は、エルフ軍を指揮しているそうだ。弓矢と剣の二刀流はミッシーと同じ。
彼女たちはベナマオ大森林に潜伏し、ゴブリンと戦っていた。しかし昨晩、この里から伝令が届き、撤退してきたという。
「ゴブリンと休戦したって本当なの?」
「ああ、本当じゃ。修道騎士団クインテットが間に入っておる」
美人エルフとイケメンエルフが話すと絵になるけど、実際はじじばばなんだよな……。それを知った上で見ると、違和感だらけだ。たぶん俺がヒト種で、長生きしても精々百歳だからだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昨日と同じ部屋で軍議が開かれた。長老五人とミッシー親子。マイアと俺。合わせて九人いる部屋は、昨日と違って紛糾していた。
ミッシーの母親、エレノアがゴブリンとの休戦に反対しているのだ。
長老たちとミッシーは、借りてきた猫のようになっており、マイアとエレノアが口論に近い議論を繰り広げている。
ぶっちゃけ、何で反対するのか俺には分からない。エルフとゴブリンは昔から仲が悪く、事あるごとに争っているなんて知らん。そんな事より、デーモンを引き連れた獣人たちが危険だって一目瞭然だろ。
俺は一人でも
今となってはボコるだけじゃ気が済まない。あいつらが武力を持って制圧しに来ると断じた地球人を何とかするというのなら、その理由も聞かねば。
カリストに授かった神の力ってのも気になるし……。
「エレノアさん……、この世界に異世界人が大挙して押し寄せてきたらどうします?」
色々考えている間に、マイアが問い詰めていく。
「エルフの里には入って来れないだろ? ベナマオ大森林に入ってきた異世界人を、片っ端から血祭りに上げてやるさ。ヒト種が攻めてきたとしても、森の中でエルフに勝てる道理はない」
彼女たちから見れば、俺も異世界人なんだけど? 俺はこの世界に来た目的を話しているので、敵だとは思われていないって事か? 尻がムズムズして居心地が悪い。
「だとしても、デーモンを召喚している獣人がいるんです。奴らは反乱を起こすという情報もありますし、そうなったらエルフの里も危ないのでは?」
「……」
マイアの正論でエレノアが黙ってしまった。
「実は、エルフの本国にも使者を送り、今回の作戦に加わっていただく手はずになっています」
「本国に? 別の大陸だぞ?」
「ええ、分かってます。でもそれだけひっ迫した状況だと理解していただきたい」
エレノアも分かってはいるようだ。地球と争うことになった場合、デーモンを召喚している獣人たちが邪魔になると。
エルフの里がどれくらい広いのか分からないけど、ここだけでは自給自足ができないのだろう。だからベナマオ大森林に出て、ゴブリンと小競り合いをしているんだろうな。
しかしエルフの国が、別の大陸にあるとはな……。
「仕方がない……本国が納得しているのならマイア、あなたの言うとおり、ゴブリンたちと協力して獣人自治区を叩くとするよ」
「はいっ!! ありがとうございます!」
戦争をすると決まったというのに、マイアは満面の笑みでエレノアに握手を求めた。
てか、族長や長老って肩書き、何の役にも立ってねぇ。決定権を持っているのは、ミッシーの母親、エレノア・デシルバ・エリオットだ。
「ゴブリンの里にも、マイアみたいな修道騎士団が行って説得したって事?」
蚊帳の外だったミッシーが発言すると、マイアは頷いた。
「あっちには、修道騎士団クインテット序列五位のニーナが行ってます。すでに和解案を受け入れて、あたしたちと協力することになっているので安心してください」
「はい!」
「どうぞ、ソータくん!」
手を上げると、エレノアが応じた。
「ゴブリン語って話せる人いるんですか?」
エレノアはマイアを見る。言っていいものか、と視線で聞いているのだ。
するとマイアが話し始めた。
「ソータさん、ゴブリンの言葉は通常、獣の鳴き声のように聞こえます。会話ができるのは、言語魔法が使える者くらいしか……。それより、ソータさんは、どうしてゴブリンに言葉があると分かったのです?」
やぶ蛇だった……。物腰軟らかなマイアは何処へやら、問い詰めるような凜とした顔で俺を見つめている。汎用人工知能は説明が面倒くさくなるから話さないぞ。
「いやなんとなく? 戦争できるって事は、組織を動かす指示系統があるって事でしょ? つまり言語があるってことだ」
苦しい言い訳をしてしまった……。いや、理に適ってるかな?
「……なるほど。確かにそうですね。実は交渉に赴いたニーナは、言語魔法と念話が使えます。これは口外をしないようお願いします」
「……ああ、分かった」
怖え……。こっちがマイアの本性なのかな? 俺を軽く睨んだマイアの眼には、強い力が込められていた。
エルフ、ゴブリン、イーデン教。これらが、獣人自治区を攻撃するのは、俺がこの世界を訪れる前から進んでいた話だ。口出しする気はないけど、獣人自治区の人口が百五十万人って考えると、こちらの戦力は大丈夫なのか、と考えてしまう。
マイアは長老たちに向き直って話し始めた。
「獣人自治区の百五十万が、全て戦えるわけではないです。子どもと老体は戦力外、実際はおよそ五万の獣人と戦うことになります」
うへぇ……。それでもそんなに多いのか。
「そのため、エルフとゴブリンの混成軍では数が少なく、太刀打ちができません。それを解決するために現在、北の山間部にあるドワーフのミゼルファート帝国と交渉中です。それに――エルフ本国の軍が加われば」
ドワーフか……。奴隷の町エステパで、チラッと見たことがあるだけだ。
マイアの話しを聞いてエレノアたちエルフは、ホッと胸をなで下ろしている。
ということは、イーデン教、ドワーフ、エルフ、ゴブリンで獣人自治区を叩くって事か。
いやいやサンルカル王国の国内にある自治区に、他国の軍が攻め入るってどうなの?
やはりサンルカル王国の混乱で、自国だけでは対処できないのだろう。
「ソータ」
「はい」
エレノアから突然話しかけられた。
「お前さっきから他人事のように感じてないか?」
「……」
図星だ。俺は弥山を救出すればいいと考えている。そのせいで言葉に詰まってしまった。
「この世界を一人で生き抜いて、祖父の仇を討とうなんて難しい。繋がりを大事にしろ、仲間を信じろ、生き延びるために。お前はもう仲間であり当事者だ」
「仲間で当事者……か。分かってますよ」
あと佐山たちは仇だけど、討つ気はないぞ?
そんな会話が最後となり、軍議は一段落した。と思っていると、突然部屋の外から板を叩き鳴らす音が聞こえてきた。さっき散歩の時に見た
みんな慌てて窓から外を見ると、遠くで煙が上がっていた。
「おい、ミッシー」
「ああ……」
まだ遠いけど、獣人たちがエルフの里に侵入したようだ。獣人のそばにいるデーモンは、こちらに向かって攻撃魔法を使っていた。
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