第28話 滅亡のカウントダウン

 この世界には、メジャーな宗教がふたつあるそうだ。

 治癒ちゆの女神、アスクレピウスをあがたてまつるイーデン教。

 水と豊壌ほうじょうの女神、ルサルカを崇め奉るアンジェルス教。

 他にはマイナーな宗教、いわゆる土着信仰は、数え切れないほどあるという。


 そしてここ最近、勢力を伸ばしている新興のアルマロス教。

 この世界の主神だという、女神カリストを崇め敬う宗教で、いわゆる、カルトらしい。


「その天啓ってやつで、本人からカリストって名前を聞いたんだよ」


「何だと!?」


 胸ぐらを掴むミッシーの腕に力が入っていく。そのまま持ち上げられて、俺はがっくんがっくん揺らされる。細いけどめちゃくちゃ力が強いな……。


「何か要求されたのか?」


「ああ、要求というか、一方的な話だったから断ったよ」


「内容を教えてくれ」


 ミッシーは額が俺とぶつかりそうなくらい顔を近づけて睨む。一瞬だけいい匂いを感じた自分に嫌気が差す。エルフは美形だけど、きしょきしょミッシーは男だ。俺にその気はない。


「話すから、そんなに睨むな。あと顔が近い」


「ふ、ふんっ!!」


 やっと手を離したミッシーは、ハッとしながら頬を染め、そそくさと移動して部屋の隅っこに座った。


「んじゃ改めて。――カリストは俺の友人たちと契約をした。神の力を与える代わりに、獣人を滅ぼせって内容だ。俺はその友人たちを殺せって言われたんだよ。あいつら約束守らなかったみたいでさ……」


「――やはり獣人を滅ぼせって話か」


 ミッシーは長老たちとマイアへ視線を移す。というか、気になるのはそこなの? 神の力が何か気にならないのかな?


「ソータさん。アルマロス教は獣人を目の敵にしているんですが、ちょっと問題がありまして」


「そうなの?」


「ええ……。アルマロス教は獣人のみならず、信者以外を全て敵視しています。教典には、信者以外を殺害しても罪にならないと記載されているようで……」


「うわぁ、おっかねぇ……」


 マイアは続けて話し始めた。

 アルマロス教は、家族や友人を獣人に殺害された者たちが信者となることが多く、人数は右肩上がりで増えているそうだ。

 主神を名乗るカリストがあの調子だし、頷ける話だ。


 顔が真っ赤になってるミッシーが話し出す。このクソボケは酒でも飲んでるのか?


「天啓は無闇むやみ矢鱈やたらに話すものでは無いから、詳しくは聞かない。ソータ、それでもお前の力を貸してもらいたい」


「いや、戦争に参加する気はない」


 俺は佐山たちを追わなくてはならないのだ。


「ソータの関係者が獣人に捕まっているとしたら?」


「ん? なんだそれ?」


 ミッシーは話すのをやめ、マイアへ視線を送った。


「ソータさん、アスカ・ヤヤマをご存じですよね? 彼女はあたしたちに協力してくれていたんですが、ドリー・ディクソンに捕まって監禁されています! 助けるのを手伝って欲しいですっ!!」


 ドリー・ディクソンって、獣人自治区の区長だ。


「監禁? 何だそれ? ミッシーもマイアも、もう少し詳しく説明してくれ。関連性が全然わからん」


 俺はあのふざけた置き手紙を見つけたあと、この世界に来るまでひと月以上かかった。じーちゃんの葬式や、この世界へ来るための準備で時間がかかったからだ。


 マイアの話だと、佐山たちは俺よりひと月前にイーデン教と接触し、現在進行形で協力関係にあるという。


ヒロキ 佐山 さん、トシヒコ 鳥垣 さん、スズメ伊差川さんの三人は、すでに獣人自治区を離れています。いずれ武力で制圧しに来る、招かれざる来訪者――地球人をこの世界に来させないために全力を尽くすと言って」


「招かれざる来訪者? 地球人……? それほんと? てか仲間が捕まってるのに、助けもしないで別行動とってんのかあいつら」


「いまは大事な作戦行動中なので……。だけど、獣人がアスカ弥山さんに危害を加えることは無いでしょう。他のシスターたちと、一緒に捕まっているようなので――」


 獣人は魔法が苦手だったな、つまりイーデン教の回復系魔法を当てにしているということか。


 温暖化の止まらない地球は、もうどうにもならない。だからといって、この世界を制圧するなんて話では無かったはず。国連主導で、異世界と外交関係を結ぶと報道されていたのに。

 違うのか? やっぱ九十億人を、この世界に受け入れるのは無理か? 無理だろうな……。


「――ただ、地球人のおかげで、そうもいかなくなりました」


 デーモンを使役する獣人は、これまで以上に危険な存在となり、下手をすればサンルカル王国が転覆する事態になりかねないという。そうなれば、地球から来る来訪者に対抗できなくなってしまう。

 獣人を黙らせるのは、目下のところ最優先事項なのだという。


 そこにぽつりと零すミッシー。


「外交という交渉の先に戦争がある。戦争は最も効率の悪い外交だが、あえてそうする地球人とは、いずれ対決しなければならない」


「ミッシー、いくら何でも、この世界を制圧するような、バカな外交戦争は仕掛けてこないと思うけど」


 とりあえず諌めておこう。しかし、地球人は戦争ばかりやっていると歴史が証明しているので、本当に侵略戦争を仕掛けてくるかもしれない。そう考えると、やるせない気持になる。


 だからマイアが言う、招かれざる・・・・・来訪者・・・に違和感が無いんだろうな。


「そこはっきりと分かりませんが、ヒロキ佐山たちは、確信を持って行動していました」


 確信を持って行動? あいつらは俺と同じ院生だぞ?

 一介の学生が、何をもって地球人が武力で制圧しに来ると断定しているのだろうか。


 何であれ、あいつらは俺のじーちゃんを殺した殺人犯だ。ボコるのは確定だけど、そうするためにも奴らを見つけなければならない。

 その中のひとり、弥山ややま明日香あすかが獣人に捕まっているのなら、マイアたちに協力した方がいいだろう。


 地球人が攻めてくるとか、そんなのは後だ。


「戦争には参加しないけど、アスカ弥山の救出は手伝うよ」


「やった!! ありがとうございます!!」


 マイアの陰鬱いんうつな表情は、パッと花開く。

 互いに笑顔で握手をしていると、部屋の隅っこに居るミッシーから視線を感じた。めっちゃ睨んでる。何でよ? 戦争に参加しないってのが、そんなに気に入らないのか? おーん?


 長老たちとも握手を済ませると、疲れていたのか急に力が抜けた。ジョン・バークワースの葬式から寝てないし、丸一日ずっと動きっぱなしだったからだろう。


 そんな俺を見た長老のひとりが、寝室を準備するからゆっくり休むように、と言ってくれた。見知らぬ土地。敵だと思っていたエルフ。だけど是非も無い。

 俺は案内すると言う長老について行った。


 通された部屋には、大きめのベッドにと風呂があった。久し振りで、テンション上がるわ!

 タイル張りの浴室に、お湯が出るシャワー。アメニティーグッズも揃えてあり、もしかしてここ日本じゃね? と錯覚しそうになりつつ、きれいさっぱり。

 ふかふかのベッドに飛び込むと、俺はすぐさま眠りに落ちた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 日本国内にある、国立大学先端医療技術研究所。現在起こっているデモとは遠く離れた場所にある。位置的にも思想的にも。


 そこでは手術が行われていた。被験者の名は、板垣いたがき颯太そうた

 本来であれば、地球温暖化に耐えうる身体にする為の手術だが……。


頚椎けいつい四番にクオンタムブ量子脳レインの装着を完了しました。血液とリキッド 液状 ナノマシン生体分子の交換を開始……。異常増殖クレイグーを検知。汎用人工知能を起動し、対処します――』


 床も壁も白で統一された手術室に、人工知能の声が響いている。

 中央にある手術台の上には、はだかの状態でうつ伏せになって、頭、両手、胸、腰、両足を拘束された板垣いたがき颯太そうたがひとり寝かされていた。


 手術室には本来、執刀医や助手がいるはずだが、ここには天井に吊された八本のロボットアームしかない。

 密閉された手術室の中で、人工知能が手術を行っているのだ。


『人工皮膚の貼り付け終了。移植手術が完了しました』


 人工知能の声がすると、板垣がモゾモゾと動き始めた。

 その動きは少しずつ速くなっていき、拘束具を引き千切らんばかりの暴れ方へ変化していく。


 歯を食いしばり、獣のようなうめき声を発し、拘束具を何とか千切ろうと暴れている。

 しばらくすると、はたと動きを止め、板垣は唐突に寝息を立て始めた。


『神経接続が完了しました。被験者は体力の消耗にて意識喪失。バイタルサインは安定。手術は成功です』


 人工知能の声が響いた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 半年ほど前、空にがあいた。冬の雲を押しのけて広がる青い空は美しく、またたく間にジュネーブのヒトたちの心をわしづかみにした。

 とはいえその行動は、スマホで映え写真を撮り、SNSへ上げるという、風情の無いもの。


 その場所は欧州おうしゅう原子核げんしかく研究機構けんきゅうきこう、通称CERNセルンの上空千メートル。


 穴の先には、地球上に存在しない生物が飛翔し、天候が違い時差もあることが判明。

 ドローンで穴の先を調査すると、大気の組成は地球とほぼ同じで、ヒトが呼吸しても無害だと報告された。

 そしてその穴は円ではなく、直径百メートルもある球体だと分かった。どの方向から見ても、円として観測されるからだ。


 フランスもスイスも、この事実を隠したがっていたようだが、今の時代そんな事は不可能。SNSで拡散する画像や動画を止めることはできなかった。


 加えて、民間の研究所で、謎の素粒子が観測されたと報じられる。その後、空の穴から謎の素粒子が溢れ出していると分かると、様々な憶測を呼んでいく。


 相次ぐ異常事態で、マスコミが本気を出して報道をはじめると、各国政府で深刻な情報漏洩が相次ぎ、素粒子の情報公開に踏み切らざるを得なくなってしまった。


 その素粒子は、太古から魔力として認識されており、現代では魔素と名付けられていた。

 魔素は反粒子である反魔素と対消滅する際、既存の物理学では解明できない不思議な現象が起きるそうだ。反魔素がどこから現われるのか不明。なんとも不思議な挙動をする素粒子だという。


 一方SNSでは、お祭り騒ぎになっていた。魔法が使えるようになった、という動画で溢れかえったのだ。


 各国の政府は、世界中のヒトから、何故秘密にしていた、と非難を浴びたのは当然の流れだろう。

 世界の人口は九十億人を超え、地球の温暖化は止まらず、食料問題は深刻化。加えて貧富の差は開く一方だったからだ。


 絶望していた人類は、魔法で何とかなる、と楽観視するようになっていく。


 数日後、謎の球体の先を調べるとフランス政府が発表。

 CERNの大型ハドロン衝突型加速器は、フランスとスイスの国境をまたぐ形で建設されているので、両軍のヘリコプターを使って球体の内部調査が行われた。


 半日かけて戻ってきた調査隊は、興奮しながら報告をする。


『ゲートの先には、緑豊かでヒトの住める別世界があった』


 フランスとスイス首脳は、その情報を極秘扱いとしたがっていたが、時すでにおすし。

 人類が住める別世界があるという情報は、どこから漏れたのか、SNSでこれまたあっという間に世界中へ拡散していった。


 #CERNはどうやって異世界へのゲートを開いたのか説明を求む

 #温暖化を無視し経済を優先した政治家に鉄鎚を

 #魔法で食べ物が作れるんじゃね

 #地球の温暖化は止められない

 #異世界に移住しよう

 #異世界へ行こう

 #異世界は希望


 そんなハッシュタグでSNSは溢れかえった。ヒトが魔法を使う動画と共に。


 そんな中、追い打ちとばかりに南極の氷が溶け始め、海面の上昇が始まったと報道される。

 時が経てば、海面は約六十メートル上昇し、地球で人類が生きて行くには厳しい世界となることが確定したのだ。南極の氷が溶けきるまで三十年と試算されたが、そうなる前に人類は滅亡するだろう。


 地球上で様々なことが起こっている中、謎の球体は一週間ほどで縮小をはじめ、何も無かったように消えてしまった。


 その日を境に、世界中にある粒子加速器の改修が始まる。異世界へのゲートを開くために。


 国連事務総長は、再度異世界へのゲートが開いた場合、富の独占をせず公平に分配することを提唱した。しかし、国連はすでに東側諸国の職員に埋め尽くされ、ロビー活動すら正常に機能しておらず、早い者勝ちで異世界へ領土を拡張するべき、という論調へ傾いていく。


 陰謀論がまことしやかに囁かれ、世界中で暴動やデモが起こった。

 CERNの件は、日本でも大々的に報じられ、ネット上ではあらゆる情報が錯綜してく。


 移住できる世界が見つかったことで、温暖化の止まらない地球を捨て去る計画が立てられ、先進各国は新天地の門を開くために、先を争うように競いはじめたのだ。


 異世界の発見。

 それは、近い将来、灼熱地獄と化する地球に、天から蜘蛛の糸が垂らされたようなものだ。

 地球規模の難局を乗り越えるために、人類はおのずと結束するだろう。

 なんてほざいたのは誰だ。

 糸に群がる人類は醜悪で、悪鬼羅刹そのものだった。


「俺には関係ない話だ、クソボケが。とりあえず佐山たちをボコボコにしてやる……」


 手術台から起き上がったソータは、ひとりぼやいていた。

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