第27話 エルフの里
ツリーハウスだとは思えないくらい立派な住居だ。年季が入った壁や柱は、巨木のツルで覆われている。俺はミッシーの案内で、奥にある広い部屋に通された。
質素な部屋だ。調度品は必要なものだけで、椅子もテーブルも無い。長老と思しきエルフたちは、床に敷いたカーペットに座っていた。
長老とはいえ、年寄りに見えない。ミッシーと同じで若々しく、見目麗しい男女である。
俺は隅っこに座らせられると、ミッシーと長老五人たちの会話が始まった。
というか、このツリーハウスには、多くの気配がする。多分みんなエルフだと思うけど、一人だけ明らかに違う。この気配は覚えているぞ……。
ん? 汎用人工知能の翻訳が少しだけ遅れた。こっちをチラチラ見ながら、ミッシーが長老たちに報告をしている言葉が変わったのだ。さしずめエルフ語といったところか。
聞かせたく無いのだろうけど、ごめんな。言葉を変えても丸分かりなんだ……。
ミッシーは獣人自治区に潜伏していたエルフたちを逃がすことに成功したようだ。ただ、殿を務めたことで、トライアンフの熊獣人、フィリップとの戦闘になり、挙げ句の果てには、待機させていたエルフの軍、五百人が全滅したと話している。
あの黒焦げの大地のことだろう。
アリスがいた冥界の話をして、予想通り獣人はデーモンを使役していたと報告。長老たちに驚きの表情は無く、やっぱりか、と頷いている。
それと、エリス・バークワースの殺害を条件に、イーデン教がエルフの後ろ盾になるとか、妙なことを言っている。その話を持ってきたのは、マイア・カムストックらしい。
マイア・カムストックは、弥山明日香と同一人物の可能性がある。実在する人物かもしれないが、はっきりしない。
おっかない話が始まったな。
エルフとゴブリンは小競り合いをやめ、イーデン教と共に獣人自治区を滅ぼすって相談に変わった。いったいどういうことだ? ゴブリンの言葉が解るやつがいるってことか?
ミッシーは味方のエルフ五百人を、獣人たちに殺されている。しかも白骨化するまでデーモンに喰われていた。
だから復讐したいのだろう。ミッシーは長老たちに熱弁を振るっている。
てか、なげぇ。
時計が無いので正確には分からないけど、体感で小一時間は部屋の隅っこで放置されている。暇で長く感じているのかもしれないけど。
「すいません、トイレどこです?」
俺の言葉で、ここに居るエルフ六名の動きが止まる。
めっちゃ警戒されている。でも仕方がない。だって数名の長老が、俺を殺せと言い始めているのだ。席を外すのは口実で、俺が逃げるとでも思ったのだろう。
「通路の突き当たりだ」
ミッシーが顎をしゃくって教えてくれた。彼は一応、俺を殺すことに反対している。律儀な奴だ。俺を泊めてやると言った手前、はい分かりました、ソータを殺します、とは言えないのだろう。
しかし、俺を殺すと決まったら、速攻で脱出してやる。
「さて……」
森の中で俺は、かなり遠い位置にいるミッシーの気配を感じ取れた。ただし、強い気配を放っていたわけでは無い。ミッシーも獣人に追われていたので当然だ。
それなのに気配が分かったというのは、俺の察知能力が上がっているからだ。
そのおかげで気づいた。このツリーハウスの中に、マイア・カムストックの気配を感じるのだ。
トイレに入って集中する。洋式便器なのは置いといて。
おかしいな……。ツリーハウスって、こんなに広かったっけ?
トイレから出てマイアの気配を追っていくと、通路がまるで迷路のようになっていた。外観は一軒家程度なのに、今歩いている通路は、百メートル走ができるくらい長い。
『なあ、これって――』
『空間魔法が使われています』
『ですよね~』
汎用人工知能は俺の心を読んでいるので、何を聞こうとしたのか知っている。かぶせるように返事をしてきたのはそのせいだ。
他のエルフの気配が離れていくのも違和感がある。空間が拡張していくような感じだ。
「おい、ソータ」
「ぴゃっ!? ……な、何だミッシーか」
背後からの声で驚いた。というかまったく気配を感じないとは。能力が上がったとか、ちょっと調子に乗っていたのかもしれない。
「何だとは何だ。トラップが作動したから来てみれば……。ここであまりうろつくな。あと、会わせたい人物がいるからついてこい」
そう言った後、ミッシーは何かの呪文を唱え始める。
「あ、ああ。済まない」
「気にするな」
と言いつつ、ちょっと怒っている。緑髪をなびかせ踵を返したミッシーについて行くと、長く延びた通路が元に戻っていく。それと同時に、複数感じていた気配が、誰もいなかったかのように霧散する。
いや、何かに遮られたような感じがする。
『空間魔法の解析が完了しました。使用しますか?』
『というかお前さ、使うかどうかって、毎回わざと聞いてね?』
『……ぷっ。バレちゃった』
『ぬああああ!! ざっけんなこらあああ!!』
「どうしたソータ?」
「あ、いや何でもない」
汎用人工知能に何度もおちょくられていたことが分かって、思わず仰け反ってしまった。俺の奇行を見たミッシーの視線が突き刺さって痛い。
というか魔法ってのは、やっぱりいまいち理解できないな。
長老たちが居る部屋に戻ると、そこにはマイア・カムストックが立っていた。ニッコリ笑顔で俺に微笑んでいる。
長老たちはさっきと変わらずカーペットに座って、軽く俺を睨んでいた。
「どうしたソータ? 貴様とマイアは知り合いだと聞いたぞ?」
マイアをガン見する俺。こいつが弥山なら、何かの手段で三次元映像を見せている可能性がある。
「あいてっ」
「マイアが恐がっているじゃないか。そんなに睨むんじゃない」
こめかみの痛いところを、ミッシーに小突かれた。たしかにマイアは俺の視線で怯えている。というか、ちょっと引いてる感じだ。
「こ、こんにちはソータさん。冒険者ギルド以来ですね」
「……そうだな」
いやいや、ジョン・バークワース商会の前で会っただろ? エルフの二人が襲われたとき、回復したのは確かにマイア・カムストックだった。
「あいてっ」
「やめろ。何でそんなに恐がらせるんだ」
また小突かれた。若干苛立っているみたいなので、とりあえずやめておこう。
マイアは客人っぽいし。
「弥山、お前どうしてここに居るんだ?」
「……」
……ふむ。日本語に全く反応しない。むしろ知らない言語を喋った俺に対してキョトンとしている。
『三次元映像は使用されていません』
『そっか』
それならこいつは実在するマイア・カムストックということになる。そうなると、ジョン・バークワース商会の前で会ったマイアが弥山だったのだろう……。
「ソータいい加減に――」
「ああ、分かった。何もしないよ」
「ならいい。とりあえずマイアと交わしたイーデン教との約定を説明する。長老、これでいいな?」
勝手に話が進んでいく。さっき俺を殺せと言っていた長老たちは鳴りを潜め、ミッシーの言葉に頷いている。説得に成功してなにより。とりあえず座ろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「イーデン教が後ろ盾になることは分かった。けどさ、お金目当てで動いてたんじゃなくて、獣人自治区を調査してたってマジ?」
「お金目当てでもあるが、本来の目的は、獣人がデーモンを使役しているかどうかの調査だ。デーモンを憑依させた獣人が小さな村を襲い、惨烈を極める現場の確認もできた。それに……私たちの軍、千名がデーモンに喰われてしまった」
「……そっか」
富裕層を狙った資産強奪の計画は、バレるのを前提にし、本当の目的は、獣人がデーモンを使役しているかどうか。結果は黒。獣人はデーモンを使役し、何かを企んでいる所まで突き止めたという。
俺は獣人たちの言葉に騙されていたってことだ。
マイア・カムストックが立ち上がって話し始める。
彼女はイーデン教の助祭でありながら、回復系魔法を自在に使いこなす天才だそうだ。自分で言うかね……。それは置いといて、彼女はサンルカル王国の依頼で、密かに獣人自治区の実態調査を行っていたという。
その対象は、獣人が召喚しているデーモンについて。
つまり、ミッシーと同じ事をやっていたってことだ。
結果は黒。獣人たちはその本性を隠し、裏ではデーモンを使役してあくどい事をやっているそうだ。覚えがありすぎる話だな。
さらに調査を進めていくと、ジョン・バークワース商会など大店の資金を利用し、獣人自治区パトリアに反乱の動きがあるのだという。
首謀者は区長のドリー・ディクソンだ。
サンルカル王国の自治区から独立し、獣人の国を建国するという噂が立っている。他の種族を襲うことを禁じたサンルカル王国に対して、彼はかなりの不満を抱いているらしい。
ん~、エリスを見ていた限り、そんな風には見えなかったけどな。でも、他の獣人からは俺は殺されそうになったからなぁ。
マイアたちイーデン教は、獣人自治区を悪と断定している。現在、獣人自治区に住んでいるイーデン教の者たちは、密かに脱出を図っていると聞いた。
その後は、ベナマオ大森林の二大勢力であるエルフとゴブリン、それにイーデン教と力を合わせて、獣人自治区を攻撃する計画があるらしい。他の勢力にも打診しているとか。
そんなの国の仕事じゃないのか? と思っていると、サンルカル王国の各地で異常が起こっているとの報せが届いたらしい。農地は荒れ果て、川は枯れ、森は黒く変色している。国中が混乱に陥り、それどころではないという。それで軍が動けないとか、国として大丈夫か?
「イーデン教って回復魔法主体の人が多いよな? 後方支援するのか?」
「……ふっ」
ミッシーに鼻で笑われる。
確かにイーデン教の者は回復系魔法が得意だけど、そうでない者もたくさん居るそうだ。その筆頭が、修道騎士団クインテッドの存在。イーデン教の武力組織があるそうだ。
マイア・カムストックはその一員で、序列四位だという。
「随分と開けっぴろげに話すんだな、ミッシー」
俺は部外者なのに。
「もちろんソータに手伝ってもらいたいからだよ」
「断る」
このクソボケは何を言い出すのやら。だけど腑に落ちた。ミッシーはこのために俺を連れてきたんだ。決定打はおそらく、雷の魔法を見たから。軍事レベルだと言って驚いてたし。
「ソータさん?」
「ん?」
「ソータさんは天啓を受けていますよね? エリス・バークワースを甦らせた魔法は、そうでなければあり得ません」
「いや、受けてないけど?」
いきなりマイアが話しかけてきたと思えば、……いや、天啓ってあれか? 女神カリストの話か。そういえば、あの女神も獣人を滅ぼしたがってたな。俺が言われたのは佐山たちを殺せって話だけど。
「受けてますよね?」
近い近い。マイアは四つん這いで俺に詰め寄ってきた。むふ……いい匂いがする。
「あいたたたっ!」
ミッシーに耳を引っ張られた。なんなのこいつマジで。目いっぱい引っ張られて、めりっと音がしたぞ?
「イーデン教の助祭とはいえ、マイアは修道騎士団クインテットの序列四位。貴様ごときが近づいていい相手ではない!」
いや、近づいたのはマイアなんだけど? と言える雰囲気ではない。でもさ、ミッシーの野郎、そこまで怒らなくてもいいんじゃね?
まあ、年齢が百六十を超えているらしいから、年長者ぶっているのかもな。
表情で内心を読まれたのか、ミッシーの目が急に据わった。
「ふんっ!」
俺の耳を離し、ミッシーは少し離れて座った。マイアも今の騒動を見て、ばつの悪そうな顔で座り直している。
いったい何なのこの状況。
「マイア。天啓ってどんなやつだ?」
「えっと、イーデン教の女神、アスクレピウス様の御言葉が聞こえるのです。うちの神子様が、ソータさんに天啓が下ると神託を授かりまして。そのおかげで、死者を蘇らせることができたのかと」
「……天啓、神託、アスクレピウス?」
俺は御言葉を聞くどころか、意識が別の空間に飛ばされた。それに天啓は完全に私怨で、佐山たちを殺せという物騒なものだ。
おまけに女神の名前が違うし、エリスを蘇らせたのは心肺蘇生法だ。
「どうしたソータ。天啓を受けたんじゃないのか?」
「ああ、あれが天啓かどうか分からないけど、獣人をどうこうする話じゃなかった。それとさ、女神の名前ってカリストじゃないの?」
そう言うと、ミッシーやマイア、長老たちの表情が強張る。
あれ? なんかまずったかな?
「ソータ、……それはアルマロス教が崇めている女神の名前だ。どこでその名前を聞いた!」
ミッシーは険しい顔で俺を睨みつける。いつも機嫌が悪そうにしているけど、今回は格別だ。そのまま手を伸ばし、俺の胸ぐらを掴んで捩じ上げられた。
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