第23話 望みを捨てよ、汝ら入り来る者よ
咄嗟にだけど、一応ミッシーが怪我しないように魔法を使った。
イメージしたのは衝撃波で、どんな魔法なのか詳しくは分からない。しかしその効果はあったようだ。
『風魔法の応用、
『……さんきゅ』
邪悪な気配をまとうアリスは、衝撃波ではじけ飛び、向かいの建物に激突して動きを止める。
どちらかの味方をしようとした訳では無いが、結果的にミッシーを助けたことになった。
いくら敵だとはいえ、目の前であんな邪悪なものに食い殺されるのを、ただ見ているだけという趣味はないのだ。
ミッシーは何が起こったのか分かっていないようで、キョロキョロしている。
とりあえず声でも掛けておくとしよう。
「よお、
「貴様は……」
かなり近付いたところで、ようやくミッシーは俺を視認できたようだ。
「ここ、どこなんだ?」
「私が知るわけがないだろう!」
いや、そうだと思ったけど、一応聞いてみない事には分からないし。
――ソータ、どうしてここに?
突然耳もとで声がした。全然違う声だけど、たぶん吹き飛ばしたアリスだ。その声はミッシーにも聞こえていたようで、すぐに周囲の警戒をはじめる。
アリスの姿が見えなくなっている。移動したのだろうか。
「アリス、この世界はなんだ?」
――精霊の世界。
禍々しい空気で満ちているのに、ここは本当に精霊の世界なのか? いや、精霊という前提すら怪しい。汎用人工知能は
『現在の環境から、翻訳をアップデートしました』
『つまり?』
『ソータが聞いている言葉の意味は、精霊の世界で間違いありません。しかし、私にインストールされている知識と、ソータが見ている光景や魔素の動きを勘案すると、この場所は比喩的な意味ではなく、まさに
『……そうか。まさか、異世界のあの世に来るとはね』
冥界だなんて安直すぎる気もするが、この光景を見れば
てことは、この世界の住人であるアリスは……何者なんだ?
『ソータ。忘れているかもしれませんが、エリスがアリスを呼び出すとき、自分の血を使っています』
ああ、覚えてるさ。血の繋がりが強いとか言っていたし。
『つまり、エリスが呼び出したのは、悪魔である可能性が高いですね』
ですね。じゃねえだろ!
でも、腑に落ちた。俺がイメージする精霊の世界とはかけ離れているし。
「ミッシー」
「なんだ」
俺とミッシーは、背中合わせで周囲を警戒している。
こいつが敵だとしても、今はこの
「おい、ここは冥界らしいぞ?」
「やはりそうか。……それなら一時休戦としよう」
「休戦? 俺はあんたと争ってるつもりは無い。敵だとは認識しているが」
「…………この世界を出るまでだ」
なんか歯切れが悪いな。冒険者ギルドでは、もっと不遜な態度だったのに。
とりあえず協力は出来そうだけど。
「てか、出口知ってる?」
「知るわけが無い、……いや、ちょっと待て」
ミッシーはそう言って、目を凝らしはじめた。近づくまで俺だと分かってなかったし、あまり見えてないのかな?
「ソータ」
「なんだ?」
「貴様は異世界人だったな」
「ああ」
「ゲートが見えるか? 私には暗くて見えない」
俺も暗くてよく見えないというのが正直なところだが、探してみるか。
「うおっと!?」
崩れた建物の中で魔力が膨れ上がったので、俺とミッシーは散開した。
すると、巨大な火球が今居た場所を通過し、反対側の建物にぶつかって爆発。石造りの建物に穴が開くと、派手な音を出して粉塵と共に崩れ落ちていく。
おっかねぇ。
あんなのに当たったら、いくらなんでも死んでしまうだろう。
今の気配はおそらくアリスだ。
「俺ごと狙ったな?」
――そう。知られたからには、生かして帰すことは出来ない。
知られたからには? アリスは何を言っている。もしかするとエリスはこの事を知らないのか……? いやいや……、エリスたちは、アリスが人を喰うことを知っていた。
もしかするとアリスは、
考えている間にも、火球が連続して飛んでくる。アリスは俺に狙いを定めたようだ。
反撃するしか無いか。
ふと頭をよぎるアリスの愛らしい顔。しかし、その正体は黒い塊だった。だからといってアリスが悪魔だと断定はできないが、あの邪悪な気配を取り繕うことは出来ない。
「ミッシー! アリスの気配は分かるか?」
「ああ。あんな邪悪な気配は隠せないだろう! ソータ、どう動けばいいのか分かるな?」
互いに離れているので、大声での会話となった。
というか、俺のこと買いかぶりすぎじゃね? どう動けばいいのかなんて分かるはずが無いだろ!
巨大な火球は少しだけ小さくなっている。しかし、連射してきているので、避けるので精一杯だ。
ミッシーの気配が薄まっていく。気配を消して、何か仕掛けるつもりなのだろう。
援護しろって事か?
魔法戦なんてこれが初めてだけど、それを言い訳にしてる場合じゃない。
飛んでくる火球を避けながら、水の魔法を使う。
意識すると、俺より大きな水球が現われ、アリスがいる建物へ飛んでいく。
マシンガンのように連射している火球は、俺が放った水球へターゲットを移した。
水球に当たった火球は、爆発もせずに鎮火している。
あれだけ大きな水球だし、かなりの質量があるはずだ。勢いを殺すこと無く水球は飛び続け、アリスが潜んでいる建物に直撃した。
「ああそっか、ただの水じゃ無いんだな……」
魔法で作った水球は魔力を含み、というか魔力の塊みたいなものだ。水球が弾けて水浸しになると思っていたが、形を変えず建物に風穴をあけた。
まん丸い穴が開いた建物は支柱を失い、一気に瓦礫の山と化した。役目を果たした水球は水に戻り、辺りを湿らせていく。
この辺は水なんだな。というか魔法はよく分からない。
「ぬおっ!?」
小さな魔力を感じると、針のように細い火の槍が飛んできた。
もちろん避ける。
――許さない。
アリスの声と共に、数え切れないほどたくさん火の槍が現われた。
それはまるで火の壁。
矛先は全て俺を狙っている。
避けられないように面で攻撃するつもりだ。
いやいや、ヤバいでしょ!
全力で逃げる。
あんなの避けきれる気がしない。
火の壁から感じる魔力が大きくなると、火の矢が全て放たれた。
「ぬおぉぉ!!」
咄嗟に水の魔法を使い、大きな水球を創り出す。さっき使ったものと同じやつだ。
俺はその中に入り、火の矢での攻撃を防ぐ。
水球は火の玉を消していたので、それより小さな火の矢も大丈夫だと踏んだけど、正解だったようだ。
息は出来ないけど。
ただ、火の矢はお構いなしに水球へ刺さっては消えを繰り返している。
水の中で息を止めても、数分が限界。
このままここに留まれば、自分の魔法で溺死する。
何の冗談だよ。笑えない。
現状を打開するために、百ほどの水球を作り、上空へ打ち上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミッシーは突如現われたソータに戸惑いながら、アリスがいる建物の裏手へ回っていた。どうやらソータと挟撃する気のようだ。
風景に溶け込んで姿を消すスキル〝
「むっ……」
巨大な魔力を感じたミッシーは、それがソータのものだと分かり飛び退いた。
すると、目の前の建物に大きな衝撃が走り、あっという間に瓦解していく。
次の瞬間、さらに巨大な魔力が発生し、暗い空に向けて打ち出されていった。
「やり過ぎだ……。しかし異世界人のくせに、ずいぶんと魔法の扱いに慣れているな」
そう呟き、今だ消えぬアリスの気配を追う。
ソータが攻撃した建物にあったアリスの気配は、すでに別の場所へ移動しているのだ。
その気配を追いミッシーが辿り着いた場所。そこはエリスの隠れ家と似た建物だった。
離れた場所から建物が崩れる音を確認し、ミッシーは渋い顔をした。アリスはもうそこに居ないというのに。そう言いたげな表情だ。
しかしそれで終わりでは無かった。
ソータが放った水球は、アリスの気配がある隠れ家に目がけて移動していたのだ。それに気づいたミッシーは急いで退避をはじめる。
どう考えても、今いる場所まで被害が及びそうだと感じたからだ。
空を見上げると、数え切れないほどの水球が浮かんでおり、今すぐにでも落ちてきそうだ。
「あの異世界人……、魔力を感じないのに、どういうことだ」
Sランク冒険者のミッシーですら驚くソータの魔力量。常人であれば魔力が足りずに気を失うどころか、死んでしまう恐れもある。
さらに驚いたことに、宙に浮かぶ水球が沸騰しはじめた。
ミッシーは近くの建物に飛び移り、エリスの隠れ家から距離を取っていく。
「おいミッシー」
すぐ側からソータの声が聞こえ、ミッシーは身体を震わせた。まったくソータの気配を感じなかったのだ。
「な、なんだ?」
「あんたの気配が消えたせいで、巻き込むところだったぞ」
ソータがそう言うと、宙にある沸騰したお湯の塊が一斉に落下し、エリスの隠れ家を破壊していく。
その勢いは凄まじく、木造の家屋は数刻も経たずに瓦礫と化す。
それでもアリスは倒せなかったようだ。
宙に浮かび上がったアリスはエリスの姿ではなく、元の黒い球体へ戻っている。
――――ソータ!!
周囲の空気が震え、地面が泡立つ。ものすごい大声でアリスが叫んだ。
同時に膨れ上がる魔力は、ソータとミッシーを後ずさりさせるほどの圧を持っていた。
「ヤッベ、めっちゃ怒ってる!」
「何を呑気なことを!」
二人は再度散開し、アリスの様子を探った。
アリスは自身の家を壊されたことで腹を立てているようで、その攻撃はソータに向かっている。
ミッシーはそれを見つつ、違和感を覚えた。
「あの異世界人、魔法が使えるうえに、……移動系のスキルも取得しているのか?」
アリスから先ほどとは比べ物にならない大きさの火球が連射され、ソータを狙っている。
ただ、その攻撃を全て避けつつ、ソータは水と風の魔法で反撃していた。
「いや、あれは……スキルではなく、地力で動いている」
異世界からきたヒト種は歴史に名を残す偉人もいるが、そのほとんどが魔法もスキルも使えず野垂れ死ぬ。生き残っても、奴隷になるのが関の山だ。
ミッシーがそのようなことを思い巡らしていると、鋭い生臭さが鼻をつんと刺激した。
「これは……、雷のときに感じるあの匂いか?」
空を見上げるミッシー。元々暗雲立ち込める世界ではあったが、一層不穏な空気が漂っている。雷雲が発生しているのかどうかも定かではない。
次の瞬間、轟音が耳を打ち、紫電が黒い塊を貫く。空を引き裂くその光は、夜を昼に変えるほどの輝きを放ち、ミッシーの驚愕した表情を照らし出した。
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