第21話 謎の人物

 この世界に来て三日目の朝。これまでの経緯で、エリスが獣人三人を殺害して積み荷を奪ったという事件は、事実誤認であったと獣人自治区から発表された。

 奴隷であるエリスの捕獲依頼も、昨日奴隷商ギルドから取り下げとなっていた。


 一応これでエリスの無罪は確定し、奴隷ではなくなったのだ。


 ジョン・バークワースの葬儀が終わり、エリスは喪に服している。かなり傷悴しょうすいしているので心配だ。


 その後自宅ではなく、隠れ家に戻ったエリス。

 そうしたのはジョン・バークワース商会の資産が全てエリスの手に渡ったからで、命を狙われている事に変わりないからだ。


 後妻であるシエラと連れ子設定のスノウは、教会で回復したあと姿を消し、彼女たちが獣人自治区にいるのか、ベナマオ大森林へ帰ったのか不明である。

 この点において、エリスが外を出歩くには危険な状態ということになる。


 ここには俺とエリスの他に、ブレナとブライアンが来ている。昨晩はエリスの看病で、俺たちはここに泊めさせてもらったのだ。

 今は四人ともソファーに座り、テーブルを囲んでいる。



「紅茶できました!」


 精霊ブラウニーのアリスが、テーブルにティーカップを並べていく。

 アリスは精霊だからなのか、エリスの父親が亡くなったことをあまり気にしていない様子で、何故か上機嫌だ。鼻歌交じりで家事をこなしている。

 俺たちは重い空気に包まれているというのに。


 誰もそこを追及しないので、精霊ってそんなものなのかと思う。気ままなイメージがあるし。



 エリスの気持ちが少しでも楽になれば、と考えても安っぽい言葉しか思い浮かばない。ブレナとブライアンも俺と似た感じで、エリスに声を掛けようとしては、思い留まっている。


 ――思えば俺のじーちゃんも殺されたんだよな。

 この世界に来て色々な事が起こって、すっかり忘れてた。ごめんな、じーちゃん。

 佐山たちにこだわって、どうしてこうなったのか忘れるなんて、あり得ないだろ……。


「ソータにお願いがあるにゃ……」

「……なんだ」


 エリスは意を決したような表情でテーブルを叩き、勢いよく立ち上がる。


「パパを殺したやつ、捕まえるのを手伝って欲しいにゃ! 報酬はたんまり出すにゃ!!」


 怒りで悲しみを隠したエリスの瞳は、俺の心を突き動かす。俺自身と重なって見えたからだ。


「ああ、もちろんだ。犯人はあの犬獣人三人だったよな」

「ぴゃっ!」


 アリスが変な声を上げたので、みんな注目する。

 するとアリスは、とぼけたように音の出ない口笛を吹き始めた……。わざとらしすぎて、エリスからクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 アリスなりに、場を和ませようとしたのだろう。


「あ~、ちょっといいか?」


 ブライアンが話し始めた。

 彼が言うには、俺もエリスもAランク冒険者証を持っているので、個人間での依頼は止めといた方がいいとのこと。

 冒険者ギルドに見つかると、規約違反で資格の剥奪もあり得るのだという。


 俺は冒険者という立場に思い入れはないので、資格が無くなってもいいのだが。


「ソータ、お金が稼げなくなっちゃうにゃ……。あたしが養ってあげるにゃ」


「よしエリス! 正式に冒険者ギルドで依頼を出すんだ! 真っ先に俺が依頼を受けて、犬獣人の三人を取っ捕まえてくる!!」


 危ない危ない。お金が無けりゃ、色々と行動の幅が狭まってしまう。

 というか、アリスはどうしたんだろう。場を和ませるための変な声だと思ったが、あわわ、と言いながら同じ場所をクルクル回り始めた。


 その行動がさすがに変だと思ったのだろう。エリスはアリスを抱え上げて顔を近づける。小さい頃のエリスはこうだったのだろうな、と思えるくらい姿形がそっくりだ。


「アリス……あなた、またやらかしたの?」

「……」


 ぷいと顔を背けるアリス。

 どうやらエリスの指摘は、アリスにとって都合の悪いものらしい。同じ問い掛けを何度か繰り返すと、アリスは観念する。


「……あの三人は、あたしが食べちゃった」


「――――は?」


 声を出したのは俺だ。他の三人は、またか、と言いつつ頭を抱えた。

 アリスはジョン・バークワースが爆殺される前に、犬獣人の三人組に取り付いていたそうだ。もちろん、エリスを助けるためだ。


 しかし、犬獣人はアリスがくっ付いていることに気づかず逃走。その直後に爆発が起こったことで、アリスはエリスが死んだと思い激怒していたという。


 だからと言って、このチビっこいのが犬獣人三人を食った? 食えるのか?

 俺が知るブラウニーという妖精は、家に住み着く座敷童のようなイメージだったが、なんかちょっと違うみたいだな。ここは異世界だし。

 というか、翻訳……。


『地球上の伝承で、一番近しい単語を当てはめています』

『心を読むなつっただろ……』


 つまりこれは、精霊ブラウニー・・・・・・・ではなく、この世界特有の精霊だということか……。いやいや、精霊でない可能性も出てきたぞ……。

 まあ何でもいいけどな。

 とりあえず、持ち上げられてがっくんがっくんされているアリスを助けよう。


「アリスはさ、エリスとジョンのかたき討ちに行ったんだよな?」

「……そうなの。ううぅ、ごめんなしゃい」


 優しく声を掛けると、アリスは泣き出してしまった。ブレナとブライアンは特に口出しをしてこない。さっきの雰囲気からすると、アリスが人を食うという話は前にもあったのだろう。


「エリス……、その辺で許してやれないか?」

「でも、あたしのかたきを勝手に。……うん、分かったにゃ」


 そう言ったエリスは、アリスを床に降ろす。するとアリスは俺に向かって飛びついて、鼻水まみれの顔をゴシゴシこすり付け始めた。


エリズエリスごべんばざびごめんなさいがだぎばかたきはぼうびどりもう一人びぶぼいるの


 ふむ……これも翻訳するのか。


『恐縮です』

『ああ、助かる』


 というのも、アリスの言葉は、俺以外に理解できていないようだからだ。


「エリス、あの獣人三人組と別に、あと一人かたきがいるみたいだ」

「えっ? アリスの言ったことが分かったの?」

「たぶんだけどな」


 汎用人工知能が翻訳してるなんて話したら、説明がややこしくなるので何となく分かったようにする。いずれ話すつもりだが、このタイミングじゃないし。


「アリス、そいつはどんな奴だった? 何か特徴があれば教えてくれ」


 アリスは俺の足に抱きついたまま離れようとしない。エリスはどんな教育をしてるんだろう? 昨日会ったばかりの俺に逃げるとか、よっぽどだぞ?


「ヒト族のシスターだった」


「えっ!?」


 絶妙なタイミングで、俺たち四人の声がハモってしまった。そりゃ驚くに決まってる。シスターと言えば回復魔法が使える、イーデン教の者だからだ。


「誰だか分かるか?」

「マイアの顔だったけど、……別の顔が見えた。それと、あいつはソータを変な発音で、いたがき・そうたって呼んでたよ?」


 アリスはやっと落ち着いたのか、普段の話し方に戻った。しかし、今の話は……。


「それにあの女は、犬獣人にエリスの殺害を指示して、自分の国でコームインにしてやると言ってた」


「……そうか」


 名前の呼び方が日本式。コームインは公務員。自分の国とはおそらく日本。

 そして、顔の下に顔がある……。マイア・カムストックという人物が実在しているのか分からないが、アリスが見たのはホログラムの研究をやっていた弥山ややま明日香あすかである可能性が高い。というか弥山だろう……。

 この世界にホログラムがあれば、その限りではないが。


 そうなると、弥山がホログラム技術を使い、立体映像を見せていたことになる。


 俺がマイア・カムストックに会ったのは二回。

 教会とジョン・バークワース商会の前だ。VR仮想現実AR拡張現実三次元映像ホログラム、これらの研究を行っていた弥山であれば、俺に気づかれずマイア・カムストックを演じることは可能だろう。


 マイア・カムストックが実在するなら、どこかで入れ替わった可能性もある。


「弥山……てめぇ、エリスの殺害依頼だと?」


 あいつの目的は何だ?


「ソータ、そのヤヤマという人物が、爆破犯なのか?」

「裏で糸を引いた可能性が高いってだけだ。しかし、マイア・カムストックを捕まえれば何か分かるはずだ」


 ブライアンにそう答えて目をやる。エリスとブレナはいまいち理解していないようだ。

 これはちゃんと話しておかないとな。


「エリス、ブライアン、ブレナ、あとアリスにもちょっと聞いてもらいたいんだけど――」


 俺がこの世界へやって来たのは、祖父を殺害した佐山さやま弘樹ひろき鳥垣とりがき紀彦としひこ伊差川いさかわすずめ、弥山ややま明日香あすかの四人を追っているからだと説明した。


 その上でマイア・カムストックが弥山ややま明日香あすかと入れ替わった、もしくは化けていると話した。

 推測なので確証はないが、大いにありうる。


「ほう……興味深い話だ。お前たち三人はここで待ってろ。俺が冒険者ギルドでマイア・カムストックの捕獲依頼を出してくる。理由は適当でいいな?」


 エリスはここを動けない。それでブライアンが依頼を出しに行くのだろう。

 俺とブレナは、エリスの護衛として残れということだ。


「嫌にゃ……。あたしが殺る」


 そそくさと外に出ようとしたブライアンの背に、エリスが異を唱える。

 その瞳はさっきより明確な怒りが見て取れる。

 マイアが獣人三人組に、ジョンの殺害を指示していたことを知ったからだろう。中身は多分弥山だが。


「ま、まあ、あたしたち四人で行動すれば、外に出て何かあっても対処できるんじゃないかな?」


 ブレナがそう言うとブライアンは「それもそうか」と言って、俺たち四人で冒険者ギルドへ行くことになった。



 空気を読んだのか、アリスが駆け出し、奥の収納棚から革製の鎧を引っ張り出してきた。

 鎧と言っても、急所を保護するだけの簡易的なやつだ。


「俺が着るの?」


 アリスはその鎧を俺に差し出す。ここにある鎧なので、ちびっ子エリスのものかと思ったが、どうやらこれはジョン・バークワースが使用していた革鎧らしい。

 防御面積が狭いのは、動きやすさ重視でかつ、魔法陣の併用で防御力をカバーしているからだという。


 さすがにこれは着られないだろ……。と思ってエリスを見ると、ニッコリ笑顔で俺を見ている。妙な圧を感じるのは、早く行きたいからさっさと着替えろ、とでも言いたいのだろう。


 仕方がない。上から着用するだけなので、ちゃっちゃと着替えて、俺たち四人は外に出た。


「おいおい……、何であいつが来てるんだ?」


 先に出たブライアンが立ち止まって、俺たちを制する。


 チビっこい猫と狐の獣人二人は、ブライアンの両脇から顔を出し息を飲む。

 絶妙に外が見えなくなった俺は、声を聞いてようやく理解した。


「戦争に勝つためだ。おとなしく死んでくれ」


 その声は、元ギルドマスター、ミッシー・デシルバ・エリオットのものだった。

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