第20話 奇跡
ベナマオ大森林へ通じる門は、粉々に破壊されていた。門番からの話だと、ミッシー・デシルバ・エリオットとフィリップ・ベアーが戦ったせいらしい。
おっかねぇ……。まるで戦場だなこりゃ。戦場なんて見たことないけど。
周囲にある家屋も、何かに爆撃されたように破壊され、クレーターのような凹みがいくつもできている。焼け野原ってやつだな。見たことないけど。
ただ、住民の逃げ足は速く、怪我人すら出なかったらしい。これは本当に不幸中の幸いだと思う。
ミッシーとフィリップの戦いは、その場で決着がつかなかったようだ。
戦闘中にトライアンフ所属の冒険者たちが集まってきたことで、フィリップがミッシーをベナマオ大森林へ連れ込んだらしい。
なんでだろう? 援軍が来たのなら、みんなでボコって仕舞いじゃないのか?
何かのスキルを使って、ミッシーをベナマオ大森林へ連れて行ったらしいが、よく分からないそうだ。スキルの詮索はダメだって言ってたな、エリスが。
ただ、トライアンフのメンバーが団長を放っておくわけがなく、大挙してベナマオ大森林へ雪崩れ込んでいったらしい。いまも俺たちを横目に、ベナマオ大森林へ駆け込んでいく冒険者がたくさんいるのは、あの依頼書のせいだろう。
門番が見ていたところ、フィリップはかなり負傷していたそうだ。頑丈そうな熊獣人だったが、そこまでして戦わなくちゃいけないのかね。
俺はなし崩し的に虎獣人率いるレギオン、ゴライアスに同行している。この虎獣人……。いつの間にか、俺をゴライアスに加入させようとしているのだ。
ゴライアスの連中はすでに完全武装。二百人を超える人数で、これからベナマオ大森林へ入る。
目的は、元ギルドマスターのミッシー・デシルバ・エリオットの殺害と、他のエルフの殲滅だ。自治区の区長から依頼が来ているので、みんなやる気満々だ。
だが、俺は正直この流れに任せるのは違うと思っている。
俺には俺の目的があるからだ。
「ジーン」
「なんだ?」
「行くのやめるわ」
「は?」
「は? じゃねぇし。俺は戦争しに来たんじゃねえ」
「……そうか。それじゃあ、しかたねぇな」
「でも助かったよ。ジーンたちがいなかったら、刺し殺されてたと思うし」
「まあ、気にすんな。俺たちが戻ったら、祝盃くらい付き合ってくれよ?」
「縁起の悪いフラグ立てんな。生き残ってくれりゃいいさ」
立ち止まって、ジーンとゴライアスの面々を見送る。
兎獣人のシェールは振り返ってお辞儀をしてくれた。ジーンは振り返りもせず、片手を上げている。かっこつけてんのかな?
せっかくつながりができたし、ついて行きたいのは山々だが、だからといって戦争に巻き込まれてたまるものか。
俺は佐山たちを探さねばならないのだ。
すでに太陽は傾いて、空がオレンジ色に染まっている。焦る必要はないが、道草を食っている暇はない。
この世界に来て二日目。
獣人自治区に佐山たちがいるかもしれない、という情報があるだけでも俺は運がいいと考えよう。
とりあえず冒険者ギルドに戻ろう。
ジョン・バークワースの無事を確認して、エリスに会わなければならない。
その時、大きな爆発音が聞こえた。
方角は……冒険者ギルド!
俺は全速力で走り始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
イーデン教の助祭であるマイア・カムストック。
彼女はいつもいるはずの教会ではなく、崩れ掛けの空き家の中で
木造戸建の家屋は、長い間放置されていたのだろうか。窓ガラスは割れ、扉は壊されて風通しがよくなっている。
日が沈みあっという間に暗くなってきた頃、そこにドタバタと獣人が駆け込んできた。マティ、キャッシュ、トレースの三人組だ。
「遅かったわね。失敗したかと思ったわ……」
マイアはソータと接していたときの明るい雰囲気は欠片もなく、冷たい表情で三人の犬獣人を見据えている。
この三人は、冒険者ギルドでマイアに絡んだはずなのに、立場が逆転しているように見えるのはなぜだろうか。
「だ、大丈夫だ。予定外だが、エリス・バークワースもまとめて吹き飛ばしてやったぜ」
マティは肩で息をしながらそう言う。
「ふんっ、あんたたちにしては上出来ね。でもさ、まとめてってどういうこと? 死体の確認は? あんたたちが個人的な怨みで
マイアはブチ切れながら、三人の獣人を問い詰める。
「い、いや、あんたとソータが一緒にいたんで、ちょっとその……」
「はぁ? それあたしじゃない……いや、何でもないわ。とにかくさっさとバークワース家の獣人が死んだって確認してきなさい!!」
その言葉にビクつく三人組。
彼らにジョン・バークワースの殺害を指示したのは、ここにいるマイア・カムストックのはずだが……。
「あんたたちの仲間になれるなら、何でもやるさ! もう余計なことはしない! 約束する!」
「おう、もう俺たちは後がないんだ。絶対の忠誠を誓うって言っただろ?」
キャッシュとトレースは、
冒険者ギルドの一件は、芝居だったのか。
そんなやり取りを見ているのは、マティの髪の毛の中に潜んでいる精霊アリス。
「あの爆発でエリスが死んだ。三人とも悪いやつだから、
エリスに敵対するものを嫌うアリス。久しぶりに外へ出たものの、エリスが爆発に巻き込まれたことで激怒している。
しかし、アリスは親玉であるマイアの姿がよく見えないようだ。目をこすり、何度もマイアを見返している。
「あんたたちは
だから利用できるんだけど。と小声で呟いて、マイアは続ける。
「もう一度行ってきなさい。言っておくけど
イーデン教の助祭風情が、国を持っている? アリスはマイアの言葉が本当なのか、意味が分からず首を傾げる。
アリスは目を凝らして、再度マイアの顔を見ると、顔が薄く透けて見える。その下に別の顔があることに気づき、アリスは悲鳴をあげそうになった。
「この女も
アリスは無詠唱で魔法を使い、ゲートを出現させた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――魔力の動き?
マイアがそれに気づいた瞬間、飛び退きつつ
マティから魔法で攻撃されると勘違いしたようだ。
「……消えた? げっ!? 三人とも居なくなってる!!」
マティの首が血まみれの状態で床に転がっている。しかし、マティの首から下と、キャッシュ、トレースの姿が見えない。
「転移魔法? ……いや、あの獣人たちは魔法が使えなかったはずよね?」
それならば何かのスキルかな? と呟きながら、マイアは灯りを確保するために、無詠唱で
宙に浮く松明のような炎は、まるで人魂のようだ。
「ふうん……そうなんだ。んじゃ魔力の痕跡が、別の世界につながってるってこと? 追えないなら、別のコマを探さなきゃいけないわね」
コツコツと足音を立て、部屋の中を歩きながら話すマイア。ここにはいない誰かと喋っているように見える。
しばらく独り言を続けたマイアは、廃屋を出て夜の闇に姿を消した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
日が沈み辺りが薄暗くなった頃、ようやく冒険者ギルドが見えてきた。物々しい雰囲気なのは、さっきの爆発がここで起こったからだろう。
冒険者たちが慌ただしく出入りして、負傷者を外に連れ出している。
よく見ると冒険者ギルドの裏手――練兵場の方から煙が上がっていた。
辺りには、心配そうな顔で冒険者ギルドを取り巻いている獣人の皆さんが大勢いる。建物に駆け込んでいくのは、イーデン教のシスターたちだ。
この世界で回復系の魔法が使えるのは、彼女たちだけだ。
それを思い出した瞬間、俺は走り始めていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
半壊した冒険者ギルドの二階では、ブレナとブライアンがうろうろと歩き回っている。ジョン・バークワースが保護されていた部屋は爆発の影響で、窓はおろか床や天井まで吹き飛ばされていた。
周囲には血肉が飛び散り、焦げ臭い匂いで充満している。
爆発の中心にいたジョン・バークワースは即死。遺体すら見当たらない。
エリス・バークワースは、血まみれで床に倒れている。そこに駆けつけたイーデン教のシスターたちが、治療魔法、回復魔法を使い、必死に治療していた。
エリスは前面が黒焦げになっており、呼吸が止まり脈もなくなっている。
いわゆる心肺停止の状態だ。
シスターたちは、エリスを一生懸命に蘇らせようと頑張っているが、ピクリとも動かない。
しばらくするとシスターの一人が首を横に振った。
それを見たブレナは涙ぐみつつ、エリスに駆け寄ろうとして立ち止まった。
半壊して夜空が見える練兵場から、ソータが飛び込んできたからだ。
「……あんたね、いままで何やってたのよ!!」
ブレナはソータに向かって激高する。
ソータに向かって飛びかかりそうになったブレナを、ブライアンが背後から肩をつかみ動きを止めた。
表情のないソータから、とてつもなく大きな魔力が渦巻いている。ブライアンは、ブレナがソータに手を出すことが危険だと感じたのだ。
突っ立ったまましばらく動かず、何か思案していたソータは、突如エリスに駆け寄った。
「シスターのみなさん、少し離れてもらっていいですか?」
歯を食いしばりながら言うソータの言葉は、有無を言わせぬ圧がこもっていた。
そんなソータを見たシスターたちは腰を抜かしたのか、座ったまま後ずさりしていく。
「エリス……すまない。なあなあで流されちまった……」
そう言いながらソータは両手をエリスの胸に乗せ、目を閉じた。
集中するソータの周囲に魔素が集まり、魔力が吹き出す。
しばらくすると、くぐもった鈍い音とともに、エリスが仰け反った。
ソータはそれを見て、エリスの胸に耳を当て、心音を確認する。
しかし、まだ心臓は止まったままだ。
心肺停止から五分経過すると救命率は極端に下がる。それに、蘇生できても脳機能に障害が残る可能性が大きい。
「上等だ……
誰かにそう呟いたソータは、エリスの胸に再度両手を当てる。
――ドン!
今度は音が聞こえるほどの電流が流れ、エリスの身体が弾けるように仰け反った。
ソータは両手に風の魔法を使い、その摩擦で電気を発生させているのだ。制御しているのはもちろん汎用人工知能である。
続けてエリスの胸に耳を当てるソータ。
「……よし」
エリスの心臓が動き始めたことを確認し、ソータは無詠唱で治療魔法を使う。
脳に障害が残らないようにするためだ。
一連の動きを見ていたシスターたちや、ブレナ、ブライアンは、何が起きたのか分からず、目を白黒させている。
「――ソータ」
「エリス! 大丈夫か? どこか痛むところはないか? 喉が渇いてないか? 腹は? 腹は減ってないか?」
エリスがうっすらと目を開けた途端、矢継ぎ早に質問を浴びせるソータ。その表情は、安心と不安が入り交じっている。
なにせ
「……奇跡が起きたわ」
年配のシスターが目を輝かせ、ソータに向かって片ひざをつき
エリスはまだ衰弱している。
さらなる回復が必要だと感じたソータは、エリスを抱え上げて部屋から出て行った。
シスターたちがゾロゾロとソータについて行こうとすると、ブライアンが通せんぼをした。
「ソータ、後で落ち合おう」
ブレナも通せんぼに加わり、周囲に集まっている獣人たちに向けて言う。
「邪魔をしないで! あたしの親友が生き返ったのよ!!」
部屋の外に集まっていた冒険者たちや、ヒツジ獣人のテイラーも、ソータとエリスの邪魔にならないように歩けるスペースを作る。
そしてこの件により、ソータ・イタガキが死者を蘇らせた奇蹟の冒険者として、獣人自治区に名を馳せることとなった。
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