第19話 ジョン・バークワース
エリス・バークワースの隠れ家では、精霊ブラウニーが慌ただしく動き回っていた。家の中に隠してある武器を、続々とリビングに持ち出しているのだ。
その武器を持ち、これから戦いに向かおうとしているのは、エリスとブレナである。彼女たちはソータを探しに行くつもりのようだ。
ブライアンもこの場にいるが、二人の女子から完全に無視されている。理由はもちろん、ソータを置き去りにしたからだ。
ブライアンは隠し通路の中で、眠り薬を使い二人を黙らせたのだ。
二人を抱えて隠れ家に到着したブライアンは、カウチに寝かせて彼女たちを起こすと、即座にぶちのめされてしまった。
そのあとブライアンは、ソータがジョン・バークワース商会の件で尽力していたことを聞かされる。ブライアンがソータを部外者として扱い、あの場に置いてきたことが間違いだと説き伏せられたのだ。
「で? ソータは無事なのかにゃ?」
「あたしたちを眠らせたのなら、ソータの居場所くらいちゃんと把握してるわよね、ブライアン?」
「あ、ああ、ソータは負傷していたようだが、ジーンとシェールに連れられて、冒険者ギルドに入って行ったぞ」
顔の腫れ上がったブライアンは正座をしている。どこかで見た光景だ。やったのはもちろんエリスとブレナだ。
その二人は顔を見合わせ、異常に戦闘能力の高いソータが負傷したことに疑問を抱いた。
「ソータが負傷? 今度ソータを仲間として扱わなかったら、踏み潰すにゃ」
「うんうん。片方潰してまっすぐ歩けなくしてやるわ」
何のことなのか分からないが、ブライアンはその言葉を聞いて顔を青くする。そんなブライアンを横目に、エリスとブレナは完全武装を整えていた。
二人が着込んだ革の鎧には魔法陣が描かれている。なにか魔術的な効果があるのだろう。
エリスは魔石の付いた鉤爪を両手に装備し、ブレナは腰の両方に短剣を差してフサフサの尻尾に金属の刃を取り付けている。
「魔石は足りる?」
「足りるにゃ。たぶん」
魔力をため込んだ魔石は、この世界では電池のような役割を果たす。今回は武器の威力を増すための補助として使うのだ。
準備は整った。さあ行こう。そんな空気になると、ブライアンが声を掛けた。
「まてまて、二人を黙って行かせたとあっちゃ、俺の名がすたる。俺にも手伝わせてくれ!!」
エリスとブレナは顔を見合わせて頷いた。
「ちゃんと反省したにゃ?」
「次はないわよ?」
「ああ、分かった」
いくらか機嫌が直った女の子二人は、ブライアンを連れて冒険者ギルドへ向かうことにした。
「アリス、手伝ってくれる?」
「もっちろーん! 久しぶりにお外に出る~!」
身長三十センチ程のアリスはクルクル回りながら姿を消した。正確には元の
いつの間にかエリスの胸ポケットから顔を出している。
ブライアンも立ち上がり、三人と精霊一人は冒険者ギルドへと足を進めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
冒険者ギルドに到着したエリスたち。ゴライアスのメンバーとソータは、既にベナマオ大森林へ向かっている。冒険者ギルド内は閑散とし、しれっと通常業務を行っていた。
エリス、ブレナ、ブライアンの三人は不審に思い、カウンターにいるヒツジ獣人、テイラーに詰め寄った。
「ん~? 奴隷落ちになったエリス・バークワースが何でここにいるのかな? まあ事情は聞いているし、エルフの悪事が露呈してるから平気だと思うけど……。あ、冒険者証渡しとくわね」
同情も心配もなく、突き放してもいない。テイラーはそんな事務的な対応を取る。
冒険者ギルドには、奴隷商
おまけにソータと同じ、Aランクの冒険者証をエリスに渡した。
「ありがとにゃっ!」
エリスはそれを嬉しそうに眺めている。
「ここにいたゴライアスの奴らはどこに行ったんだ」
「全員ベナマオ大森林に向かったわ。ほらあれ見て」
ブライアンの言葉で、テイラーが指差したのは掲示板だ。様々な依頼書が貼り付けてある。
その中に一際豪勢な紙が貼られていた。
それは獣人自治区パトリアの区長、ゴリラ獣人のドリー・ディクソンからの依頼書だった。
「エルフと戦争? あたしはソータを探しに来たにゃ」
エリスは成り行きで冒険者になった。故に、依頼など関係がない、といった口調だ。トライアンフ本部で殺戮があったことより、ソータを優先している。
「エリス、あなたの父親、ジョン・バークワースは二階の部屋で保護してるわ。冒険者たちに護衛させてるから安心してね」
「あっ! パパのこと忘れてたにゃ!」
くわっ! と口を開いたエリスは慌てて二階へ駆け上がっていった。
「テイラー、区長からの依頼は分かったが、状況を説明してくれ」
にゃにゃにゃにゃ~と叫びながら、慌てて二階へ消えていったエリスを見ながら、ブライアンはテイラーに話しかけた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
トライアンフの副団長であるブレナは、ブライアンとテイラーの話を聞きながら、しかめっ面をしていた。
トライアンフのメンバーは、先んじてミッシー・デシルバ・エリオットを追っているという話が出たからだ。
「フィリップ……」
ションボリして団長の名を呟く。彼の身を心配しているのだろう。
エルフの集団に襲われ、トライアンフ本部は壊滅状態だ。しかし、トライアンフは一カ所に固まらず分散して根城を構えている。
だからトライアンフ自体に影響は少ないが、死人が出てしまった。
団長の怒りは凄まじいものがあるだろう。仲間を殺されてしまったのだから。
ブレナは、フィリップが暴走しないか心配でたまらないのだ。
――――――ドンッ!!
突然、建物が震えるほどの爆発音が聞こえた。
一階にいる冒険者たちや、ブレナ、ブライアン、テイラーは一斉に上を見上げる。
このフロアは四階の天井まで吹き抜けとなっているが、煙が見えているのは二階からだ。
「……おいおい、ありゃジョン・バークワースがいる部屋じゃないのか?」
「えっ!? それほんと?」
ブライアンの言葉で、ブレナは泣きそうな顔になる。
騒然となったフロアでは、冒険者たちが一斉に動き出した。もちろん爆発があった場所の確認をするために。
「遺産狙いはまだ終わってなかったってことか……」
ジョン・バークワースがいる部屋に、娘であるエリスが入った途端、爆発が起きた。これで二人とも死んでしまったら、ジョン・バークワース商会の資産は、再婚したエルフの手に渡ってしまう。
そこまで考えたブライアンは、ブレナとともに急いで二階へ向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
冒険者ギルドの二階にある仮眠室。十名くらいは余裕で寝泊まりができる広い部屋だ。南側の窓は全て開け放たれ、心地よい風が舞い込んでいた。
「パパ!!」
その部屋にエリスが入ると、警備している冒険者三人が振り向いた。いや、警備していたわけではなさそうだ。
本来警備していたであろう冒険者たちは、床に倒れ伏して血を流している。
ジョン・バークワースは椅子に座っているが、縄で拘束され猿ぐつわまでされていた。
状況が分からないエリスは黙り込み、部屋にいる犬獣人の三人を睨みつける。
そこにいたのはソータを刺して逃走中の冒険者、マティ、キャッシュ、トレースだったのだ。
「あんたたち、覚えてるにゃ。パパに何をする気にゃ」
「あ~だりぃ」
「ぜってぇ見つかるって言っただろ?」
「まあでも、この嬢ちゃんが来たのなら一石二鳥ってね」
マティ、キャッシュ、トレースは下卑た声で笑い始める。
エリスが来たことで計画に狂いが生じたようだが、犬獣人の三人組には何か考えがあるようだ。
ジョン・バークワースは、窓の方を向いて座らせられており、こちらの状況は見えていない。振り向くこともできないようだ。
エリスと犬獣人三人は睨み合って動かない。
すると、エリスの胸ポケットに隠れていたブラウニーのアリスが顔を出した。気配を消しているようで、誰も気づいていない。
「あいつら……エリスを虐めてるのね」
そんな言葉を残してアリスは姿を消した。邪悪な笑顔とともに。
「行くぞ」
マティの声で、犬獣人三人は窓から飛び降り、あっという間にエリスの視界から消えた。エリスが窓から外を見ると、三人は練兵場を走って逃げている。
エリスは追いかけるかどうか迷ったが、父親を解放することを優先した。
「ごめんなさい……」
床に倒れている冒険者は二名。すでに息を引き取っている。
彼らにお辞儀をし、エリスは父親の猿ぐつわを外す。
「エリス、逃げろ!!」
「えっ?」
久しぶりに会った父親にそんなことを言われ、エリスは戸惑う。
だが、父親は真剣な表情だった。
ジョン・バークワース三十五歳。小さな商店を一代で
そんな父親が視線で示したのは、ベッドの下だ。彼の縄はまだほどけておらず、動けないのだ。
「いいから早く逃げろ!! そこに爆弾が仕掛けてあるんだ! 奴らは俺とお前を、まとめて殺す気だ!!」
いつ爆発するのか分からない。このままだと娘のエリスまで死なせてしまう。ジョン・バークワースはそう結論を出した。
「嫌にゃ! パパを助けるにゃ!!」
エリスはスキル〝身体強化〟を使用し、ジョンを拘束している縄を引き千切ろうとする。奴隷商人ロイス・クレイトンの牢でさえ、ひん曲げて脱出できた怪力だ。
こんなの簡単に引き千切って、パパと一緒にこの部屋を脱出しよう。
エリスはそう考えていたが、縄はびくともしない。
――――なぜなら、一緒にいるはずのアリスがここにいないから。
契約した
「無駄だよエリス。防御魔法陣が使われている」
ジョンは諭すように言う。
防御魔法陣は、ブライアンがトライアンフの正面玄関に使ったものと同じだ。木製の扉なのに、大人数での攻撃をしばらく耐えることができるくらい強力なのだ。
その範囲は、縄だけに限らず、ジョンが座る椅子にまで及んでいる。つまり、魔法陣を破らなければ、ジョン・バークワースはこの場から動けないのだ。
そんなこと分かってる。
とでも言いたげなエリスは、全力で縄を引き千切ろうとしている。もう少し。もう少しで魔法陣を破って、父親を助けることができる。
微塵も諦めていないエリスは、〝身体強化〟以上の力を振り絞っていた。
細い身体なのに、スキルのおかげで筋肉が肥大し、血管が浮き上がり、今にでも壊れてしまいそうなエリス。
それでも防御の魔法陣は、エリス一人の力でどうにかできるものではなかった。
そして、時間は待ってくれなかった。
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