第18話 カリスト

 虎獣人のジーン・デイカーは、連行するソータが刺されたことで瞬時に動いた。

 犯人は素行が悪く、どこのレギオンに入っても、すぐに問題を起こして追い出されている冒険者、マティ、キャッシュ、トレースの三人組だ。


 しかし彼らがソータを嫌っていたとしても、ヒト族を刺し殺そうとするほどではなかったはずだ。三人組の動機がいまいち分からない。ジーンはそう思いつつ、眼の光を失って倒れ込むソータをお姫様抱っこする。

 ソータを刺した三人は、すでに逃走しているが、ゴライアスのメンバーが追跡中だ。


「ジーン、どうするの?」

「深手を負っている……とりあえず、治療魔法を頼む」


 ジーンに話しかけたのは、ゴライアスの副団長であるシェール・スカーレット。兎の獣人である。

 髪の毛や長い耳、尻尾に至るまで、全てが白という、かわいらしい女の子だ。

 装備にも気を配っているようで、革の防具は白く塗られ、遠目に見ると真っ白く見えてしまう。


 そして彼女は、獣人でありながら、回復系の魔法が使える稀有な存在でもあった。


 周囲を警戒しながら、シェールはソータに治療魔法を使う。短剣は刺さったままなので、血液が溢れ出るようなことはない。

 むしろ汎用人工知能が、銀色の血液がバレないように止めているふしもありそうだ。


「あれ?」


 治療魔法を使うと、シェールは効果がないように感じる。なぜなのか少し考えていると、ソータの腹部に刺さっている短剣がするりと抜け、地面に落ちた。

 汎用人工知能がリキッドナノマシンを使って、ソータの傷を癒やしたのだ。


 シェールはそんなこと知る由もない。


「なんでだろう? まあいいわ。ジーン、刺された傷は治ってるわ。あたしの魔法は必要なかったみたい」


「なんだそりゃ? こいつが自分で治したっていうのか?」


「たぶん、……そうだと思うわ」


 冒険者ギルドを目指す二人。ソータはまだ意識を失ったままだ。周りには護衛の冒険者が付き添い、再度の襲撃に警戒していた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ふむ……。

 この明るくて暗い曖昧な空間に来たのは二回目だ。心が消えそうになる感覚も同じだ。正直またかよ、と思ってしまった。獣人自治区に到着してまだ半日も経っていないというのに。

 少し離れた場所に、さっき見た女神っぽい女性が立っている。


 俺は腹を刺されて意識を失った。それでたぶん治療魔法が使われたのだろう。

 つまり、俺に回復系の魔法が使われると、ここに意識が飛ばされるということなのか。


『殺害はまだですか?』


 あーもう、身も蓋もないな。結果だけ聞いてくるって、何を焦っているんだ?

 俺はこいつの依頼を受けたわけじゃないってのに。おまけに今回は先手を打たれて、口を塞がれている。


 心を読むから必要ないってことかな?


『そうです』


 へいへい。佐山たちを探すってのは、今は無理だ。色々と厄介なことになっていて、そっちが終わらないとどうにもできないよ。


『……そうですか』


 おや? 前回のイライラした雰囲気がなくなってるぞ? 何かあったのだろうか。

 ……とりあえず、あんたの名前と目的を教えてくれよ。


『私の名はカリスト。この世界の主神です。ヒロキ・サヤマたちを殺害するようにお願いしたのは、彼らが私との契約をたがえたからです』


 主神? この世界の主神? んじゃ自分でやりゃいいんじゃないの? ……まあいいや。俺は元から佐山たちを追っている。いずれ捕まえてボコる予定だ。だけど前に言ったように、あいつらを殺害する気はない。あんたと佐山たちの間で、何があったにせよ。


『ヒロキ・サヤマたちは、神の力を欲しがりました。私がその力を貸すかわりに、サヤマたちが獣人を滅ぼすという契約を結びました』


 獣人を滅ぼせ? どんな理由があるのか知らないが、それはやり過ぎだろう。いくら佐山たちが人殺しだとしても、獣人を虐殺しろと言われて、はい分かりましたとは言うはずがない。

 ……待てよ? 佐山たちはカリストに獣人を滅ぼせと言わしめる、強大な神の力を欲した? なぜそんな力を欲しがる――。


『そこで今回あなたを呼びました。代わりにあなたが獣人を根絶やしにして――』


 断る。……あんたがこの世界の主神なら、自分で好きにすればいいじゃないか。


 ただ、気になることが一つある。

 カリスト、あんたは佐山たちが裏切ったと言った。それは神の力を与えたにもかかわらず、獣人を滅ぼすという契約を果たさなかったという認識でいいのか?


『その通りです。彼らに与えた力は――――』


 そこまでやり取りをしたところで、何かに弾かれるような感覚とともに目が覚めた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 太陽の光が差し込む暖かい部屋。西日を浴びて、汗ばむほどだ。窓から入ってくる風が心地よい。練兵場が見えているので、ここはおそらく冒険者ギルドの医務室だろう。


 ベッドから身体を起こしてみると、入院着のようなものに着替えさせられていた。

 確か腹を刺されたはずだ。触ってみると、痛みがないどころか傷一つない。リキッドナノマシン様々だな。


 しかし参ったな。この部屋に連れてこられるまでの記憶がない。つまりあの空間にいるときは、こっちで何をされても分からないということだ。

 着替えさせられているということは、一度丸裸になっているということだし。


『そこは我慢しましょう? 先ほどサバイバルモードに切り替え、傷の回復をしました。この部屋に運び込まれるまで丁寧に扱われていましたが、ソータに害のある行為があれば反撃します』


『反撃? お手柔らかに頼むわ……。というかどれくらい寝てたんだ俺は』


『三十分程度です』


『サンキュ』



 着替えを済ませて医務室から出ると、予想通りだった。

 イーデン教のマイア・カムストックが絡まれ、ミッシー・デシルバ・エリオットが助け船を出したフードコートのような場所。つまりここは冒険者ギルドだ。

 ほぼ満席状態だが、酒を飲んでいる獣人はいない。


「よっ、目を覚ましたみたいだな。こっちに来いよ」


 その中にいる虎獣人、ジーン・デイカーから声を掛けられた。そばに座っているのは兎獣人かな? ジーンがでかすぎて、小さく見える。いや、実際小さいな。


「あたしシェール・スカーレット。よろしくねっ!」


 兎獣人――シェールは爽やかな声で名乗る。


「ありがとう。俺はソータ・イタガキだ。ソータって呼んでくれ」


 シェールが引いた椅子に座りつつ見回す。

 つい先ほど来た冒険者ギルドの雰囲気とは大違いだ。賑やかな喧騒は息をひそめ、獣人たちは小声で話し合っている。中には黙々と武器の手入れをしている者もいる。


 ――――まるでこれから戦争に行くかのように。



「お前の冒険者証だ」


 ジーンから渡されたのは、Aランクの冒険者証。これで、お金を稼ぐことができる。

 それと、事の成り行きを話してくれるみたいだ。


 ジーン率いるゴライアスは、俺の身の安全を確保するために動いていたという。

 お縄になったのかと思っていたが、勘違いだったのか?


「自治区の区長が、ミッシー・デシルバ・エリオットの捕獲依頼を出した。容疑は、この街の富裕層から資産を奪うために、エルフたちに指示を出していた主犯としてだ。それで、他のエルフ共はヤケクソになって、ジョン・バークワースを保護しているトライアンフを襲撃した。ここまではいいか?」


「はい、了解です」


「丁寧に話されると、むず痒いから止めろ」


 そう言われてもな……。でけえし怖えし……。立ったら、三メートル超えてるんだぞ、この虎獣人。コイルサーペントと比べものにならない気配を放っているし。


「ああ、分かったよ。ということは、ここにいるメンツは……」


「俺たちゴライアスのメンバーで、一旦ここを占拠しているところだ。ミッシーの執務室には、この街の資産家から金をだまし取るための証拠が山ほどあったぜ」


 それで冒険者ギルドを占拠って……。割と大ごとになってるのな。

 ミッシー・デシルバ・エリオットは、冒険者ギルドの規定でギルドマスターの資格を剥奪。現在はお尋ね者で、冒険者ですらないという。


 それから話を聞いていくと、エリス、ブレナ、ブライアンの三名は行方知れず。たぶんアリスのいる隠れ家にでも行ってるんだろうな。


 そして、フィリップ・ベアー率いるトライアンフの面々は、元ギルドマスターであるミッシー・デシルバ・エリオットを追って、ベナマオ大森林へ入ったという。


 俺には関係ない。エリスとの約束が優先だ。


「ジョン・バークワースは無事なんだな?」


「ああ。二階の部屋で、ゆっくりしてもらってるぜ」


 んじゃ俺のやることはもうない。いや、エルフの二人を刺したという冤罪を晴らさなければならないが。


 そんな思いとは別に、ジーンの話は進んでいく。


 俺を刺した犯人は、ここで絡んできた犬の獣人三人組で、はみ出し者のレギオン、アルーガのメンツだそうだ。

 彼らはこの街にいた佐山たち四人と揉めていたらしく、似たような顔――この街では見ないアジア人顔――の俺を仲間だと思った可能性があるということだった。

 証拠はなく、臆測らしい。


「その三人は?」


「うちのメンツで捜索中だ。ソータ、お前が寝ているときに分かったんだが、アルーガの連中がスキルを使って、エルフの二人を刺したようだ」


 ジョン・バークワース商会の前でエルフの二人を刺したのは、彼らの一派だ。

 俺が屋根の上に飛び乗ってから冒険者同士で戦い始めたのは、アルーガとゴライアスのメンバー。どうやら刺す瞬間を目撃していたらしい。


「……ということは、俺の捕獲依頼ってのは?」


「依頼を出していたのは、エルフのスノウってやつだ。お前を捕まえて金になると思ったが、冒険者ギルドの判断で取り下げになったんだ。なっ、だりぃ話だろ?」


 悪びれた様子もなく、サラッと言いやがった。この虎野郎。


「ちょっと、ジーン!! 大変なことになったわ!!」


 テイラー嬢が駆け寄って、テーブルに依頼書を叩きつける。えらく豪勢な紙だ。本当に依頼書なのか?

 俺たちはその依頼書を覗き込んだ。



『追加依頼


 レギオン、トライアンフへの襲撃事件は、エルフの残忍な所業である。

 これは獣人自治区のみではなく、獣人全体への宣戦布告と見なす。


 首謀者はミッシー・デシルバ・エリオット。

 速やかに当該人物の殺害、及びベナマオ大森林のエルフを殲滅せよ。


 なお、この依頼は獣人自治区内、全ての冒険者への通達とする。


 報酬は冒険者ギルドの規約に基づく。


 依頼者 獣人自治区パトリア区長 ドリー・ディクソン』



 自治区といえば、行政サービスもあるわけで、そこのトップからの依頼が冒険者ギルドに舞い込んできたのだ。しかも、戦争するという内容ではないか……。


 冒険者頼りなのか? 衛兵さん何をやっているのさ……。こういうのは軍が動くんじゃないのか?


「まあ行き先の目星はついてる。ソータ、お前も付き合え」


 ジーンがそう言って立ち上がると、ギルド内の冒険者全員も続いた。まるでこうなることを見越していたかのように。


「ミッシーの他にも、この街にいたエルフがベナマオ大森林へ逃げ込んでいると思うの。それに、エルフの里から援軍が来ているかも……ソータ、急ぐわよ!」


 副団長のシェールが俺を急かす。


 この二人は何を言っているのだろう? 俺関係ないだろ?

 と思ったが、言い出せる雰囲気ではなかった。

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